2009/09/04

あそぶ魚

お盆は過ぎているのですが、那須監督のお墓参りに行ってきました。

仕事が目白押しで暇がないので、これ以上後延ばしにしているとお墓参りにいけないと思い、決して時間があったわけではないのですが、行くことにしました。

結果、行ってよかった。

那須真知子さんと二人で行ってきました。

花と水を取り換え

ビールとワインをささげてきました。

本当はお墓で那須監督と一緒に飲みたかったのですが、そういう雰囲気でもなく、とりあえずささげるだけささげて、そのあとは、真知子さんと海まで歩いて、ぴょんぴょん飛び跳ねる魚を眺めた。

飛び跳ねている魚は、トビウオじゃなく、いろんな種類の魚が飛び跳ねていた。

あれはなんでだろうか?なんのために飛び跳ねるのか?海鳥が狙って水面すれすれを飛ぶ。ジャンプする魚は自分の場所を海鳥に知らせるために飛ぶようなもので、なぜジャンプをするのか生物学的な意味がわからない。魚のえさが、空中にあるのか?そうとは思えない。自分の命の危険を顧みずにジャンプする。ほんと、ダンスのように大小様々な魚がジャンプをする。あれ魚にとっての「遊び」なのではないかと、僕が言うと、真知子さんいわく「魚には痛覚がないらしい。痛覚のないやつらが遊んだりはしないんじゃないの?」とのこと。

魚って痛覚がないのか。

ググったら、そういう意見もあるし反対意見もある。

定説がないということか?

というか「痛み」という考え方自体が、非常に哲学的な問題をはらんでいるようだ。

しかし、魚がぴょんぴょん海の上を飛ぶのはなんでなんだろうか。求愛行動か?

考えてもわからない問題だ。いつか僕がその答えを知る日は来るのか。

とりあえず、日が暮れてきたので、海の見える居酒屋に入る。

真知子さんと二人、那須監督の思い出を語りあった。

あらためて那須監督って素敵だなあと思わずにいられない。

那須さんがどうステキだったかを語ることはできる、いくらでも。

だが、どんなに言葉を尽くしても、あの素敵な人を実際に知らない人は、これからも永遠に那須博之の素敵を実感できることはないだろう。

あの人を超える人はこの世にいない。

本当に那須さんの素敵さをみんなに教えたかった。

安川とかみんな会ってないんだよね。

会ってたらなんて言ってるだろうか。

あるいは那須さんになんて言われているかな。

興味あるけど、一生答えを知ることはないことだな。これも。

Umi2

写真は僕が撮ったもんじゃなくてここから拝借してきました。

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2009/06/21

舞台「わたしは真悟」の思い出

だいぶ前に津川さやかさんから質問があった。

話がちょっと昔のことになるのですが、ずっと気になってたことがあるんで、思い切って聞きます。
2004年の舞台「わたしは真悟」ラスト、マリンのオリジナルの台詞、
「君の言葉はきっと伝わる」

…素晴らしい言葉です。この言葉、その一撃で、それまでの諸々の事件が全て愛へと昇華される…そういう言葉のように思います。

なぜ、この言葉にしようとお考えになったのでしょうか。
過去のブログみましたら、那須監督・楳図氏より、脚本について助言もあったとありますが…

実はもう一度あの舞台のDVDを見ようと思ってまして。
舞台当時の秘話のようなものがありましたら、宜しければ聞かせていただけませんか。

まず、知らない人のために

「わたしは真悟」というのは楳図かずお先生が書いた純愛大傑作である。
楳図 かずお: わたしは真悟 (Volume1) (小学館文庫)(←原作、絶対読んでよ)
楳図 かずお: わたしは真悟 (Volume1) (小学館文庫)

楳図先生と言うとホラー漫画家的なイメージが強いかと思うが

この「わたしは真悟」というのはホラーではなく、

これ以上ない純愛の物語である。

で、これを僕は劇団旗揚げした2004年に舞台化しているのである。

しかも、楳図先生にも出演していただいたという驚き。

もしよろしければDVDをみていただきたい。

Shingo_jac(←詳細は画像をクリック)
DVD「わたしは真悟」(演劇版)

で、これだが、原作はかなり膨大である上に、

映画にするならかなりCGとかを使わねばならないほどに

アクロバティックなシーンがたくさんある。

上演当時は、あれをどうやって舞台化するんだ!?と騒がれたものだ。

これ、僕の書いた第一稿が残っている。

第一稿とは最初に書いた本である。

これはこういう風に舞台化するとの許可をもらうためのものでもある。

IKKI編集長の江上さんに読んでもらった。

返信のメールには

感動して泣いた。あらためて楳図作品のすごさを思い知らされた。

というようなことが書かれていた。

この第一稿は、ほぼ原作通りで、それを2時間にうまくまとめた・・・というのが第一稿であった。

しかし、そこで問題が発生した。

こちらのキャスティング、はじめて芸能事務所と渡り合い、アイドルの上野未来をマリンという女の子役でキャスティングしたのだが、原作「わたしは真悟」の後半1/3はサトルという男の子の話であり、このマリンという少女は出てこないのだ。

僕はそれでもいい。原作通りに行きたいという気持であったが、僕の芸能の父である那須博之監督は、集客のために上野未来をキャスティングし、多くの観客が上野未来を見に来るのであれば、彼女をフル活用しないのは、観客のためにも間違っている。原作の良さも当然踏まえ生かしながら、上野未来という素材を生かした作品にしなくてはいけない・・・というような趣旨であった。

僕は原作のファンでもあり、那須監督の意見といえども反対したい気持ちがあったが、楳図先生に相談すると、那須監督の言う通りだとの考え。

ということで、原作とは異なり、サトルではなく、上野未来演じるマリンを主軸に、あらためて脚本を書き直すことになった。

前半2/3は原作通りで良い。

原作で言うとエルサレムまでのあたり。

しかし、残り1/3の佐渡島の部分が問題である。

僕は、ここを原作の意味も十分踏まえながら、マリンを登場させるという荒業をやった。

その部分は完全オリジナルである。

そして、しかも、作品の中に楳図かずお先生を登場させた。

僕自身、原作ファンとして最初はアレンジに反対していたが、那須監督や楳図さんのアドバイスの通りに、マリンを主軸に書きなおしたことによって、楳図さんの「わたしは真悟」という作品がより分かりやすくなったのではないかと僕は思っている。

書きあがって自分で驚いた。

楳図ファンの方々にもたくさんの支持をいただいた。

ちなみに、楳図さんの話すセリフやマリンの話すセリフは、ぜんぶ僕の考えたオリジナルである。

もちろん、楳図さんが話しそうな内容と言うことで書いたのだけど。

見にきた楳図ファンの人たちは、楳図さんのオリジナルのセリフだと信じて疑わなかったが、あれは僕の書いたものである。

そして最初の津川さんの質問に戻ると

「君の言葉はきっと伝わる」

というセリフ、残念ながらというか僕が書いたセリフです。

「わたしは真悟」という楳図さんの作品を僕なりに表現すると、このセリフになった。

そして、この「きっと伝わる」と言う言葉、そこにある信念は僕の作家としての信念でもあり、きっと楳図かずお先生の、那須博之監督の・・・いやあらゆる表現者すべての、人間の、みんなの信念なんじゃないかと思っている。

「きっと伝わる」という言葉には悲しみも含まれている。

「きっと」と言わなければならない。

つまり「伝わらない」可能性など十分承知なのだ。

それでもあきらめない。

そこで「きっと伝わる」という表現になる。

それは僕から君への、僕から僕自身への励まし、祈りの言葉でもある。

伝われ、伝われ、伝われ、という。

僕はそこに「わたしは真悟」の切ない真実があると思っていて

だからあの作品はとても好きなのである。

引いていえば、僕の作品は全部祈りだと言ってもいい。

無理を承知など分かっている。

でも無理を突破してその先に、奇蹟が起こるかもしれない。

そう信じて祈る。

それが僕の作品なのだと思っている。

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7月23日から27日まで新宿タイニイアリスでえれぇ芝居をします。

「溺れる家族」

Photo

詳細は次をクリック。

PC携帯

松枝佳紀インタビュー

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2009/01/28

那須監督誕生会

那須さんの誕生会を真知子さん家でしてきました。那須さんが生きていれば57歳。亡くなられたから那須さんは53歳のままのはずなのですが、なぜか誕生会。命日に冥福を祈るというのよりも何か誕生会を祝いたかったし、そのほうが那須さんらしい気がしたので無理を言って真知子さんに開いてもらいました。しかし那須さんが生きていたら「せっかく歳とらねぇ体になったのに、余計なことするんじゃねぇよ、なーんてな(笑)」とか笑いながら言いそうです。ま、命日に偲ぶ会なんてやったら大々的になりすぎでしょうから逆に良かったのかもしれません。那須さんの誕生日を祝おうというプライベートな仲間があつまりました。大学時代のご友人たちのお時間の都合のつく何人かと金子監督と。真知子さんを入れて総勢9名。みんな博識でおもしろすぎる。僕は那須さんに「ダークナイト」のDVDをプレゼントしました。でも那須さんはたぶん霊界で初日に見ているだろうから「んなもん、初日にみちゃったよ」と言いそうだけど、まぁいいや、自己満足なんで。もし那須さんが生きていたら、絶対「ダークナイト」は一緒に見に行ってたと思うから。那須さんといつまでも映画を作っていたかったし見に行きたかった僕の自己満足なんで、と思って、遺影にささげてきました。僕の名刺には、那須さんと立ち上げるはずだった那須フィイルムズのロゴが印刷されていて、渡した人に「なにこれ」とよく聞かれるんだけど、あれも僕の自己満足です。那須さんが亡くなる寸前、ガンとわかる前に、立ち上げるはずの映画会社でした。ある投資家がかなりの額のお金を投資してくれて那須さんはそこでがんがん映画を作る予定でした。いまとなっては本当にそんなことあったのかなと夢かと思うようなことですが、事務所となる場所を探すために赤坂近辺を不動産屋さんに紹介されてたくさんビルを回ったな。で、その時、たくさん作品を作ろうねと話した那須監督との思いをいつも持っていたい。そういう思いで、名刺には「NasuFilms」のロゴを入れています。デザインはナカヤマミチコがやってくれました。フイルムが無限マークのようになっていて、あれは永遠に映画を作っていくことの誓いでした。。。ってなんか俺ウェット?気持ち悪い?まあいいや。昨日1月27日は、僕の原点をあらためて確認した大事な1日でした。那須真知子さんの料理はほんとうにおいしいし、昨日は真知子さんの弟で、乃木太郎のお父さんも料理の腕を披露してくれました。お酒もひさしぶりに飲み過ぎた感がありましたが、那須さんが生きていたら「何言ってんだよ、これからだよ(笑)」と飲みにつれて行かれ朝までコースになり朝始発が動き出すと「ナベカツ、いまから温泉に行こうぜ」「えー、今からですか?もう僕無理ですよ」なんて話してたでしょうけど。

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2008/12/21

仲村トオルさん

「ウチくる!?」みました。

仲村トオルさんの回でした。

最後、那須真知子さんがゲストで出てこられて

仲村トオルさんのデビュー時の思い出の話を。

那須監督、トオルさんのこと好きだったからなあ。

いろいろトオルさんの話をしていた那須さんを思い出し泣けました。

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M2MUSIC忘年会

MOKUさんところの忘年会に「今日も、ふつう。」メンバーとともに行ってきました。

すでに参加者のみんなのブログにそのときの様子が書かれています。

金子修介監督のブログ

MOKUさんご本人のブログ

佐藤太監督のブログ

徳山秀典さんのブログ

安川結花のブログ

MOKUさんは、金子監督のブログに書かれているように、テレビドラマ「ホーリーランド」の選曲を担当されていて、金子監督、僕脚本、渋谷飛鳥ちゃん、木下ほうかさん主演の「希望の党☆」という明るい選挙推進委員会の短編ムービーの音楽を付けていただき、そのときの音楽が、素敵過ぎたので、ぜひ僕も芝居で使う音楽はMOKUさんにと思っていて、まず舞台「1999.9年の夏休み」の劇中曲を1曲作成していただき、つづいて舞台「ルドンの黙示」では、Psalmさんの歌を編曲などした音楽、オリジナル曲など楽曲全般を作曲していただき、そして先日終わった「今日も、ふつう。」では僕の初作詞の歌「女は秘密」の作曲をしていただきました。

「女は秘密」は作詞はあっちゅうまに書いたのですが、音楽も、1週間であっちゅうまに作っていただきました。が、ぜんぜんあっちゅうまでないというか、素敵な名曲なんですよ。これが。僕は、これで味をしめちゃって、そんな遠くない将来にミュージカルをやる予定(!?)です。

そんなわけで浅からぬ仲のMOKUさん主宰の忘年会、参加してきたわけです。

ものすごい人数の熱気ムンムンの忘年会でした。

僕の私設秘書(笑)安川結花のおかげで沢山の人たちとお話しすることが出来ました。那須さんのお話なども偶然出来てうれしかったです。それから穂花さん。美しく可愛い。ちょっとこんな可愛い人いないよ。お話できて光栄です。

音楽畑の人が多くて、今後どういう形でつながるのか未知数ですが、これを機会に、よろしくお付き合いください。

で、忘年会は、必然的に即興の演奏会の様相を呈し、楽譜も無くコラボル面々に驚嘆。素敵。音楽ってやっぱ素敵だなあ。という時間をすごし、中でも、素敵なのは、MOKUさんが奥さんと生まれてくる子供にささげるために熱唱したオリジナル曲。素敵感動。泣かせていただきました。

とても素敵な曲で、MOKUさんにこの歌は表に出さないの?と聞くと、その予定は無いそうで、冗談で、この歌、芝居に使わせてくださいよ、と言うと、ぜひとうれしいお言葉。いつか舞台でお聞かせするときが来るかもしれませんよ。ほんと素敵な歌なんです。

歌が終わると、サプライズで「おめでとう、ありがとう」のケーキを徳山秀典さんがもってきました。

Moku01

そして、歌は歌われ、佐藤太監督が素敵な演奏者、歌い手であることをはじめて知り、三元くんの素敵歌を初めて聞き(カラオケはなんどもあるけど)、そして、金子二郎さんのギターに酔いしれ、徳山秀典くんの歌などなど素敵なセッションに心躍らせ・・・すると、いきなりご指名があり、あの名曲「女は秘密」が歌われることに。忘年会に参加していた三坂知絵子さん、橋本愛実ん、青木ナナ、安川結花、井川千尋が素敵に歌ってくれました。これも素敵でした。

そして延長された忘年会の最後には、忘年会にいらしていた及川眠子さん作詞のあの有名楽曲「残酷な天使のテーゼ」が大熱唱されました。この歌はカラオケに行ったら安川が必ず歌う唄で、その作詞家さんご本人の前であの名曲を歌うことになるとは安川感激な様子でした。あの山下達郎さんに芝居を褒められたり、今年安川色々感激だね。

んなわけで、2008年もカウントダウンに入ってますよ。

遣り残しがないように最後まで気を抜くことなくがんばろ。

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2008/10/09

緒形拳さん

何のつながりも無いが大好きな俳優の1人だった。

今村昇平監督作品「復習するは我にあり」での演技はすごかった。

演技というより、この人、榎津そのものなんじゃないかという疑念さえ持った。

役者とは罪深い存在だと思う。

神から1つしか人生を与えられてないのに、いくつもの人生を生きるのだから。

だから緒形さんは演じることにたいして真摯でピュアな人なのだ・・・と会ったこともないのに勝手に思っていた。

2002年シアターコクーンの倉庫でやった「ゴドーを待ちながら」を見たとき、その意を強く持った。

緒形さんが65歳のときにだ。

すでに名を成した俳優が、何のセットもない、しかも舞台でさえない倉庫で、しかも「ゴドーを待ちながら」をやる。

僕はそのチャレンジをみたくて足を運んだ。

芝居をすることに真摯で、芝居をすることが大好きで、芝居をすることに打たれてなければ、そうでなくては、あんなチャレンジはできない。僕もそんなチャレンジをする老人になりたい。

金子修介監督のブログで、金子さんが昔「咬みつきたい」という映画で、緒形さんを使っていることを書かれていた。うらやましい。緒形さんと一緒に仕事が出来たなんて。どんなスゴイ人だったのだろう。今度話を聞かせてもらおう。

津川雅彦さんのブログに行ったら、緒形拳さんの最期をみとったということを書かれていた。

南無妙法蓮華経!名優緒形拳が10月5日23時53分に亡くなった!

これを読むと、やはり緒形拳さんは僕の思ったとおりカッコいい人だったのだということがわかる。那須さんの最期を思い出し泣きそうになった。

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2008/08/21

初日御礼

初日ご来場いただきました皆様ありがとうございました。

「ルドンの黙示」

ますますヒートアップしていきます。

ぜひもう一度ご観劇ください。

 

昨日は、初日開幕前

那須監督のお墓参りに行っている那須真知子さんからメールがあった。

墓前で公演の成功を祈ってきてくれたそうだ。

とてもテンションがあがる。

というか熱くなった。

「がんばりますよ、那須さん」

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2008/07/11

乃木太郎誕生日

「ルドンの黙示」の稽古も2日経過。

ただし、芝居の稽古ではなく

純粋に殺陣の稽古だ。

あと1日殺陣だけの稽古をやり

そして、顔合わせ。

で、本格的な稽古の開始となる。

今回、稽古初日に台本があがっている・・・

というのを目標にしたが

現時点でみんなに配ったのは半分だ。

残り半分、がんばる。

ところで

昨日は乃木太郎の誕生日だった。

26歳。

Msワールドという事務所に所属しているが

アロッタファジャイナにも所属している。

先日、オーディションに合格し

アクエリアス・スポーツゼリーのCMへの出演を決めた。

http://www.aquarius-sports.jp/product/jelly_cm_01_01.html

また、8月1日に放映となる金子監督の「ヒットメーカー 阿久悠物語(仮題)」(日本テレビ系列金曜ロードショー(21:00~23:30))にも出演。

これから撮影予定の金子監督の「ケータイ捜査官7」にも出演予定。

乃木とは2004年那須監督に連れられてうちの芝居を見に来てくれてからだから5年目の付き合いになる。

乃木組の単独公演もこなし男っぷりをあげている乃木だが今回「ルドンの黙示」ではまた一役者として出演してもらう。

演技的にも、人間的にどれほどの成長があるのか。見せてもらおうと思っている。

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2008/06/04

山田太一脚本「早春スケッチブック」

那須さんの死に出会って、僕は自分がこんなにも悲しむことのできる人間なんだということを知った。

それまでは、誰の死に出会っても、表面上は悲しいというふりをしたが、本当に悲しいということがどういうことなのか僕にはわかっていなかった。

那須さんの死の前年には大好きなおじいちゃんが死んでいるが、そのときでさえも、死を悲しむことはできなかった。どこか他人事だった。

齢30を過ぎて、当然人間だから「悲しい」ということを知っているつもりでいたが、本当には知らなかったのだ。那須さんの死に出会うまでは。

 

昨日、山田太一さん脚本のドラマ「早春スケッチブック」全12話を一気見した。泣きながら一気見した。泣きつかれて…恥ずかしいことに本当に泣きつかれたのだが…今は虚脱状況だ。

泣いたのは・・・そこに…ドラマの中に…那須さんがいたからだ。

いや、正確には山崎努さん演じる沢田という男なのだが、彼をみて僕は那須さんを本当の意味で、久しぶりに思い出した。このドラマをみなければ僕はあの「悲しみ」でさえ忘れるところだった。

1983年にフジテレビで放送されたこのドラマは、大学受験を控える少年(若き日の鶴見辰吾が演じる)が、死んだはずの実の父親の沢田(山崎努が演じる)に出会うことによって起こる濃い3ヵ月を描いた作品なのだが、僕はその描かれる3カ月に、僕と那須さんが過ごした時間を重ねてしまった。

内容をとやかく言うつもりは無い。

ただこんなすばらしいドラマがフジテレビというところでかつて流れていたということがかなり衝撃でもある。80年代の前半は、まだテレビドラマが、娯楽ではなく、何かの対抗軸でありえたのだなと思った。このようなドラマにでも出会えなければ、現代において、人は「悲しみ」のことを本当には知りえないのだ。だから、このようなドラマを作る「義務」がテレビや映画にはある気がする。というか、10時間かかるドラマをつくれるのは連続ドラマという形式しかないのだから、テレビドラマがこのようなドラマを作る「義務」がある。

しかし、あらためて思う。山田太一さん、あんたはすごいよ。

那須さんを知らなくても、このドラマをみた人は、少しだけ那須さんを感じることができるだろう。

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2008/05/29

松井良彦監督「追悼のざわめき」

結局、寝なかった。

もうすぐチラシの色校正が家に届くし

昼には劇場見学に新国立に行かねばならないし。

「ルドンの黙示」の台本も書かなきゃならないんで、結局、寝なかった。

 

昨日は、渋谷アップリンクで映画を見た。

松井良彦監督の「追悼のざわめき~デジタル・リマスター・バージョン」

安川、藤沢、峯尾、新平と見に行った。

 

この映画すごいんだわ。

ウィキペディアにはこうある。

1988年に『追悼のざわめき』を発表。製作は困難を極め、1983年のクランクインから5年という長い年月を経ての公開となった。ちなみに松井の最大の理解者であった寺山修司は『追悼のざわめき』クランクインの時期に他界している。寺山は松井が書いた『追悼のざわめき』の脚本を読み「やっと映画がわかってきたよね」と松井を認める発言をしたという。中野武蔵野ホール(2004年5月8日閉館)で公開され、同館開設以来の観客動員数を打ち出す。その内容の過激さから、1985年のトリノ国際映画祭に出品を予定されながらイタリア税関でストップされるなど、 数カ国の映画祭に出品が決まっていたにも拘らず、その全てで上映が禁止となるという事件がおきた(試写を担当した映写技師が嘔吐するということまでおきたという)。日本のアンダーグランド・シネマの頂点とも言われる同作品は一部から熱狂的な支持を受け、現在まで繰り返し上映され、2007年12月21日にはついにDVDが発売される予定である。

じつは僕は不勉強で知らなかったんだけど、金子修介監督に聞いて、それであわてて見に行ったというわけ。

そして金子監督から聞いたのだけど、なんと、「高校大パニック」では、那須博之監督、金子修介監督、松井良彦監督は、演出部で一緒だったのだとか。金子監督はたぶん日活に入りたてだ。

那須博之、金子修介・・・と聞けば、見に行かないわけにはいかない。

で、見に行った。

感想は・・・すげぇ。

映画の感想について、見終わった後に結花と話そうと思ったけど、結花、気持ち悪くなって帰ってしまったからね。まあ、内臓に来るような映画であったと。そういうことです。日常に安住したい人は見ないほうがいいかも。

ということで、僕は寝ずに「ルドンの黙示」の台本を書いていると。

今現在は朝マック中なんだけどね。

そろそろ家に帰んないとだな。

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