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2012/03/27

長塚圭史演出「ガラスの動物園」

長塚圭史さんの演出するテネシー・ウィリアムズの自伝的作品「ガラスの動物園」を見てきた。

もちろん、ミーハーな僕であるから深津絵里、瑛太という出演者に惹かれての観劇だが、長塚圭史さん演出というのも重要。

8人のダンサーによる不気味さの表現が秀逸。花沢健吾「アイアムアヒーロー」的な不気味さを演劇でやったと言う感じ。立石涼子のお母さんが「おかん」だった。この芝居はおかんに支えられている。

そして何よりも、特筆すべきは、深津絵里と鈴木浩介の息を飲むやりとり。なんだろう、これだけで見る価値がある。

決して表現形態としてリアル(現実のありのままの模写)というわけじゃない。深津絵里の演じ方はいろんな意味で過剰で、見ててちょっと嫌になる一歩手前だが、その腐りかけのギリギリで最高の風味を醸し出す肉のような芝居は「最適」であるという科学的な言葉を使いたくなるほどに、そこにしかないであろう真実を表現するにふさわしく、また一部もずれることを許さない微妙なラインを攻めている。内実のリアルを担保するために許される演劇的な過剰の狭い狭い許容範囲ギリギリを攻めている。そして、その狭いマトを的確に射抜く深津絵里の芝居の過剰さのおかげで、万人がいれば、ほぼ万人がローラの出会う感情の波を一緒に体感することになる。喜びの鋼がぼろぼろと崩れて行く様を手に取るように見ることになる。

最近、僕は演劇にはストーリーではなくて、その「波の顕れ」に出会いたくて行っているので、まさに出会ってしまったと言う感じ。

テネシー・ウィリアムズは、「ガラスの動物園」を「追憶の芝居」と言っている。主人公であり、テネシー・ウィリアムズ自身でもあるトムが、実姉と実母への追憶を後悔と共に語る。

しかし、その作者の意図を越えて、コクーンの舞台の上にある深津絵里と鈴木浩介の芝居は、生々しかった。演劇的な虚実の向こうに浮かび上がる本当のリアルが、追憶という形式をぶち壊すほどに観客の胸に迫る。

あるいは「追憶こそリアル」。という演出の意図があるのかもしれない。

というのも、「追憶」は追憶者(=経験者)による経験の都合の良い情報整理と考えられ、それは大概、「紗幕」の向こうのドラマチックな思い出となるが、今回の芝居はこれが逆転している。つまり「紗幕」の向こうにあり美しく整えられているのは「過去の経験」ではなく、「追憶者本人」の「現実」なのである。すなわち「現実」こそが彼岸にあり、追憶者であるトムは気持ちよく過去を追憶するやもしれないが、「紗幕」のこちら側にいる観客は、過去を忘却するどころか、忘れ去られたはずの「過去の痛み」とともにこちら側に置き去られる。そのように演出されている(ちなみに台本通りなのかもしれないが、現在手元になく確認できない)。

「追憶」されるべき「過去」が追憶しようもないほどにリアルにそこにある。

そうだとすると、あのダンサーたちも「そうなのではないか」と思えてくる。

過去を忘却し美化しようと言う働きを許さぬ妖怪たち。忘れようとしているそばから、彼女たちは「過去」を引っ張り出してくるのである。なぜならば彼女たちはトム自身の「目玉」であるからだ。見た物は見た。忘却を許さないトム自身の無意識=目玉こそがあの8名のダンサーのような気がする。だから彼女たちはやたら大きな目をしていた。「見ているぞ」というわけである。

というわけで、この長塚圭史版「ガラスの動物園」は忘却しようにも忘却しえないで追いかけてくる記憶たちの話と言っても良い。しかし追憶。ノスタルジーという優しい訳語があるが、字面通り、逃げても逃げても「追」いかけてくる記「憶」ということの略とすれば、長塚圭史版「ガラスの動物園」は、まさに「追」「憶」の話なのである。そのように僕は見た。

ちなみに、鈴木浩介演じるジム・オコーナーだが、彼も病んでいる。「J・エドガー」に描かれるアメリカの中心にある病・・・「健全であれかしという病」に犯されている。話し方教室に行き快活な話し方を学ぶと言うことがいかに病んでいるか。と言う意味で、このような4人芝居を作り出したテネシー・ウィリアムズ恐るべしと思うのである。

S席9000円払っても惜しくは無い。4月3日まで渋谷シアター・コクーンにて。

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2012/03/24

音楽劇「銀河鉄道の夜」

4月8日の1日だけですが、芝居を披露をします。

ピアノ、チェロ、歌がライブで入る、ちょっと贅沢な総尺1時間の短編音楽劇です。

無料です。

神谷町にある由緒正しきお寺さん青松寺の「花まつり」のメイン・イベントとして披露されます。

ご近所の子供たちも来るらしいので、子供たちの心に何かを残せる芝居になればいいなと思っています。

(ちなみに宮沢賢治って作詞・作曲してるんですね。いい歌なんです。)

13時開演と16時半開演の2回のみ。

よろしければ足をお運びください。

音楽劇「銀河鉄道の夜」

原作・作詞・作曲:宮沢賢治

脚本・演出:松枝佳紀

出演:西村優奈、縄田智子、寺田有希、ナカヤマミチコ

演奏:小栗慎介(ボーカル)、ゆりまる(ピアノ)、小林幸太郎(チェロ)

協力:清川あさみ(絵)、リトルモア(出版)、シネ・フォーカス(技術)

プロデュース:佐藤 政(ストーリー・レーン)、福田一博(アズムプロダクション)、南 慎一(OFFICE H.I.M.)

会場:青松寺(港区愛宕2丁目4番7号、03-3431-3514)

行き方:

(1)地下鉄・日比谷線、神谷町駅3番出口より徒歩8分(3番出口地上を出てすぐ左折、ずんずん道なりにしばらく進みます。左手に高くそびえる愛宕グリーヒルズを左折します。まもなく進むと左手に「青松寺」の門がみえます。そこをお入りください)

(2)地下鉄・三田線、御成門駅A5出口より徒歩5分(A5出口を地上に出て、後ろ、ローソンのある方に進みます。道なりに行くと歩道橋があります。登り、通りを渡り右折します。まもなく進むと左手に「青松寺」の門がみえます。そこをお入りください)

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銀河鉄道の夜の主人公ジョバンニは言います。

「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸《さいわい》のためならば僕のからだなんか百ぺん灼《や》いてもかまわない」

自分を犠牲にしても誰かのために生きたい。

それは作者宮沢賢治の思いでした。

しかし「誰かのために生きたい」という気持ちは宮沢賢治のような聖者だけが持つものなのでしょうか。

たしかに人間は誰もが「毎日を楽しく過したい」と思っています。

けれども同時に「自分を犠牲にしても誰かのために生きたい」という思いもまた誰もが持っている。

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」はそのことに気付かせてくれます。

今回の音楽劇では、幼い子供でも楽しめるような楽しい芝居と豪華な演奏、楽しい歌を楽しんでいただきながらも、洞窟の奥に眠る宝石を掘り起こすように、心の中に眠る「誰もが持っている尊い想い」に気付くことのできる。そんな「劇」にできればと思ってます。

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2012/03/13

「日本の問題Ver.311」終幕

「日本の問題Ver.311」全日程終了致しました。

ご来場いただいた観客の皆さま、座談会に参加していただいたゲストの皆さま、快く脚本を提供してくださった広田さん、瀬戸山さん、蔭に日向に企画へのご意見をくださった皆さま、本当にありがとうございました

震災から1年目という区切りに、皆様と同じ時間を過ごし葛藤したことは、僕らにとって大変意義のある事となりました。皆様にとりましても、本企画に足を運んでいただいたことが、なにかしら意義あることであったと感じていただければ大変うれしいです。

この「日本の問題」と題した公演は、昨年11月の「日本の問題(小劇場版)」、同12月の「日本の問題(学生版)」、そして今回の「日本の問題Ver.311」と、3回目となる企画です。しかしながら、今回ほど、お客様から積極的に沢山のお言葉をおかけいただいた公演は初めてでした。

賛否両論あれども、「企画に対して」、「演目に対して」、「前説に対して」、終演後、積極的に、お声をかけていただき、大変熱いご意見を、多数のかたに、お聞かせいただくことができました。それは通常の公演を考えると異様なほどでした。

これは、4劇団の演目および前説がお客様のご意見を誘発するような内容を持っていたこともさりながら、ご来場いただいた皆さまにとっても「東日本大震災」が底知れぬ心理的ダメージを与える事柄であったということの証左ではなかったかと思います。あれがなんであったのか、なんであったと捉えるべきなのか、目の前の悲劇を差し置いて自分らは幸せであってよいのか、いったい自分はなんなのか、そのような根源的なことを、語り、表現し、自分たちで何かを納得しないと前に踏み出せないほどに、観客の皆さまも、そしてぼくらも、あの震災から強くダメージを受けていたのだろうと思います。そういう意味で、震災に関する表現欲求は、僕ら企画側だけにではなく、観客の皆さまにもあったのだろうと思うのです。

願わくば、今回の企画が、観客の皆さまや僕らを含めた参加者それぞれの心の中にあった傷を癒すものとなり、癒された後は、まだまだ続くであろう被災地の復興に対して、直接的に、間接的に、関わり続けていくきっかけのひとつとなったら幸いです。僕自身も関わり続けます。沢山いただいたお言葉(批判であれ何であれ)を真摯に受け止め考え、明日からの表現に必ず活かしてまいります。

事前に告知しておりましたように、本公演の収益金および寄付金、総額29万1千619円は、あしなが育英会の「東日本大震災・津波遺児支援」事業に、本日、3月13日、全額寄付させていただきました。

ご来場いただきました皆様、関わってくれた皆様、ありがとうございました。


「日本の問題」代表 松枝佳紀

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2012/03/06

「日本の問題Ver.311」プロデューサーとして

以下はさっき書き上げたプロデューサーとしてのあいさつ文です。
当日パンプレットの印刷に間に合うかどうかわからないので、ここに載せておきます。
本日初日です。11日までやっています。お席ありますので当日でもいいので見に来てください。
最後の座談会含め2時間です。

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本日はご来場いただき、まことにありがとうございます。
本公演を企画し、参加する学生劇団の皆を生あたたく見守る役目のプロデューサー松枝です。
さて、古来より、日本人は、言葉を短くし、そこに長大な意を込めることに長けていますが、僕としましては、本企画のタイトルに「Ver.311」と入れたのを後悔しています。
「311」(サン・イチ・イチ)という言い方は、まぁなんと言いましょうか、逃げですよね。
「逃げ」といいますか、なんだか1年前に起こったことを直視しないですむための言葉というか、「Ver(バージョン)」なんていれることで少しおしゃれにすらなっている。
僕は、こんな言葉を使ってしまったことを「恥じ」ます。
恥じる・・・と言って、誰に対して恥じるのかなと考えました。
それはきっと、あの大震災で命を落とされた沢山の人たちに対してかなと思います。
また、いま生きて、悩み苦労して「損失」から立ち直ろうとしている被災者にたいしてかもしれません。
そのように必死で生きたかった、あるいは今生きている方たちに対して「Ver.311」などと気取った言葉を使い悦に入っている自分たちのことを恥じるのです。
なにもタイトルだけではありません。
学生4劇団の作り手のみんなは、日を追うにつれ、自分たちの「表現に困難を感じたのではないかと思います。
死者に対して、被災者に対して、僕らはこんなことをこんな風にしてやっていていいのだろうかと。
いつもの公演では味合わないような苦痛を創作が進行するにつれ味わったのではないかと想像します。
が、あらためて考えると、「表現」というものは、なにもこの震災企画に限らず、いつも「現実」に対する「恥じらい」を持たなければならなかったのだとも思います。
昨年、「日本の問題 学生版」というのをやった時、多くの人が、良い意味でも悪い意味でも、今時の学生は自分たちのことにしか関心が無いのだなと感想を持たれました。
あれから3カ月後の今回はどうでしょうか。
僕は、創作の過程で、学生たちが、被災地に行き、被災者に出会い、被災地のことを学び知ったのを知っています。
少なくとも、僕は、彼らが、本企画に参加しなければ出会わなかった「現実」の「痛み」に手を触れ火傷をしたのを知っています。
この三カ月の重さは半端が無かったと思います。
そういう意味では、僕は胸を張れます。
彼らは創作家にふさわしく、「現実」の凄さを知り、それに対して表現の無力さを知り恥じらいながら、しかし、強くそれを乗り越えて今ここに「表現」をしようとしている。
そのことを、僕は、泣きたいくらい、誇らしく思います。
で、終わり。という訳ではありません。
「現実と戦った」というだけでは、偉いね、頑張ったね、ということ「だけ」だからです。
残っているのは皆様に見られることです。
観客の皆様に見られて、「表現」としてそこにあっていいかどうかを判断してもらわないといけません。
どんなに「現実と戦った」ってその表現が拙ければ、表現者としてはダメです。
だから、今日は最終審判の下る日です。
全公演にアフタートークがついているのはそういう意味です。
皆様に置かれましては、彼ら、彼女らの苦闘に思いをはせながら、しかし、観客として厳しく彼らの芝居を見てやってください。
それは見る側の義務です。
あの犠牲者たちは、命を失い、もう二度と、芝居なんて見ることできないのです。
だから、観客にも義務があるのと思うのです。精一杯見る、生きる、死者たちに恥じることなき人生を生きるという義務が。
ご足労いただいたのに大変失礼な物言いとなってしまいましたが、遥か遠く雲の上にいる多くの犠牲者たちに見られていると言う気持ちをどこかに持ちながら、僕らが創作家として観客として、人間として、生きている人間として、いまという時間に胸を張れるかどうかが試されているのだと思うのです。
そんなことを考えながら、今日の舞台と、そして最後の座談会を見ていただけたらと思います。

「日本の問題」企画者・総合プロデューサー 松枝佳紀

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公演詳細

「日本の問題 Ver.311」

日程:2012年3月6日から3月11日

場所:渋谷 ギャラリー・ルデコ4

開演時間とアフタートーク・ゲスト

3/06(火)19:00 JACROW主宰・中村暢明さん & ミナモザ主宰・瀬戸山美咲さん
3/07(水)14:46 評論家・木俣 冬さん
3/07(水)19:00 東京家族ラボ主宰・池内ひろ美さん
3/08(木)14:46 評論家・カトリヒデトシさん
3/08(木)19:00 ニッポン放送・節丸雅矛さん & Mrs.fictions主宰・今村圭佑さん
3/09(金)14:46 水族館文庫代表・渡辺パコさん & 石巻出身の劇作家 ウィルチンソン主宰・矢口龍汰さん
3/09(金)19:00 DULL-COLORED POP主宰・谷 賢一さん
3/10(土)14:46 ミームの心臓主宰・酒井一途さん
3/10(土)19:00 経済とH主宰・佐藤治彦さん
3/11(日)14:46 写真家・所幸則さん & 小学館クリエイティブ・渡邉哲也さん

■演目
演目1「まだ、わかんないの。」
作:広田淳一(ひょっとこ乱舞)、演出:鳥越永士朗(劇団けったマシーン)
出演:角北龍、長瀬みなみ
(※)本作は、2011年7月のフェニックス・プロジェクトにおいてひょっとこ乱舞の新作朗読劇として広田淳一氏によって作演出され、好評を博した演目。今回、広田氏のご厚意により、上演させていただく運びとなった。

演目2「指」
作:瀬戸山美咲(ミナモザ)
演出:鳥越永士郎(劇団けったマシーン)
出演:小澤絵里香、高山五月(真空劇団)
(※)本作は、2011年11月の「日本の問題」B班においてミナモザの瀬戸山美咲氏によって作演出され、好評を博した短編演劇。今回、瀬戸山氏のご厚意により、上演させていただく運びとなった。

演目3「3.111446…」
作・演出・出演:岩渕幸弘(思出横丁)

演目4「アカシック・レコード」
作・演出:菊地史恩(四次元ボックス)
出演:朝戸佑飛、大鶴美仁音、長木健、原田宏治郎、毛利悟巳、佐藤修作(四次元ボックス)

演目5「止まり木の城」
作・演出:長田莉奈(荒川チョモランマ)
出演:あに子、モンゴル、三輪友実、吉武奈朋美、たこ魔女さん (以上、荒川チョモランマ) / 有吉宣人(ミームの心臓)
※上記キャストの内、毎ステージ3名が出演します。 詳細は荒川チョモランマHPをご覧ください。 http://arakawachomolungma.web.fc2.com

よろしければCoRichに応援のメッセージをよろしくお願いします。
PChttp://stage.corich.jp/stage_hope_detail.php?stage_main_id=26545
携帯http://www.corich.jp/m/s/stage_detail.php?stage_id=34398

その他詳細はHPにて
http://nipponnomondai.net/ver311/

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2012/03/03

石巻出身、矢口龍汰さんのブログ

「日本の問題Ver.311」なる企画の本番が目前である。

前記事で書いたように、この企画は、作り手が悩みに悩んで作るそのことに一番の意味があるのかもしれないと思っている。→前記事「修羅場「日本の問題Ver.311」」

本公演、毎公演後に、ゲストを招いての座談会がある。

ここんところ、「ProjectBUNGAKU太宰治」からずうっとアフタートークがあるのが前提の公演を打ち続けてきているが、その意味するところのひとつは、作り手にプレッシャーを与えることである。

だから、企画のアフタートークががぜん面白くなる。

厳しい演劇「外」の目線から、参加団体の作品が横並びで批評されるのである。

よくアフタートークで、芝居を褒めてくれそうな人を招くというのがあるが、僕はできるだけ怖い人を招きたい。

下手な物を見せられないぞと。

そういうアフタートークを設定することで、作品のクオリティーはより上がる。

アフタートーク自体も緊張し盛り上がるし、意義のあるディスカッションができる。

3/9 14時46分開演の回に、石巻出身の劇作家で、ウィルチンソン主宰の矢口龍汰さんにいらしていただく。

矢口さんは、被災地の視線を持っている。

この人に、僕らの芝居を見せることの怖さと言ったらないだろう。

でも、その怖さに打ち勝つ作品、苦悩の末の作品を皆が披露するだろうことを信じている。

矢口さんが「『日本の問題 ver.311』のアフタートークに参加するに当たって考えたこと思ったこと。」という真摯なブログ記事を書いて下さった。

僕の書いた前記事と併せてお読みいただければと思います。また矢口さんのブログは他の記事も読むべき内容がいっぱいです。ぜひ読んでみてください。

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「日本の問題 Ver.311」

日程:2012年3月6日から3月11日

場所:渋谷 ギャラリー・ルデコ4

開演時間とアフタートーク・ゲスト

3/06(火)19:00 CoRich所属演劇コラムニスト・手塚宏二さん & JACROW主宰・中村暢明さん
3/07(水)14:46 評論家・木俣 冬さん
3/07(水)19:00 東京家族ラボ主宰・池内ひろ美さん
3/08(木)14:46 評論家・カトリヒデトシさん
3/08(木)19:00 ニッポン放送・節丸雅矛さん & Mrs.fictions主宰・今村圭佑さん
3/09(金)14:46 水族館文庫代表・渡辺パコさん & 石巻出身の劇作家 ウィルチンソン主宰・矢口龍汰さん
3/09(金)19:00 DULL-COLORED POP主宰・谷 賢一さん
3/10(土)14:46 ミームの心臓主宰・酒井一途さん
3/10(土)19:00 経済とH主宰・佐藤治彦さん
3/11(日)14:46 写真家・所幸則さん & 小学館クリエイティブ・渡邉哲也さん

■演目
演目1「まだ、わかんないの。」
作:広田淳一(ひょっとこ乱舞)、演出:鳥越永士朗(劇団けったマシーン)
出演:角北龍、長瀬みなみ
(※)本作は、2011年7月のフェニックス・プロジェクトにおいてひょっとこ乱舞の新作朗読劇として広田淳一氏によって作演出され、好評を博した演目。今回、広田氏のご厚意により、上演させていただく運びとなった。

演目2「指」
作:瀬戸山美咲(ミナモザ)
演出:鳥越永士郎(劇団けったマシーン)
出演:小澤絵里香、高山五月(真空劇団)
(※)本作は、2011年11月の「日本の問題」B班においてミナモザの瀬戸山美咲氏によって作演出され、好評を博した短編演劇。今回、瀬戸山氏のご厚意により、上演させていただく運びとなった。

演目3「3.111446…」
作・演出・出演:岩渕幸弘(思出横丁)

演目4「アカシック・レコード」
作・演出:菊地史恩(四次元ボックス)
出演:朝戸佑飛、大鶴美仁音、長木健、原田宏治郎、毛利悟巳、佐藤修作(四次元ボックス)

演目5「止まり木の城」
作・演出:長田莉奈(荒川チョモランマ)
出演:あに子、モンゴル、三輪友実、吉武奈朋美、たこ魔女さん (以上、荒川チョモランマ) / 有吉宣人(ミームの心臓)
※上記キャストの内、毎ステージ3名が出演します。 詳細は荒川チョモランマHPをご覧ください。 http://arakawachomolungma.web.fc2.com

よろしければCoRichに応援のメッセージをよろしくお願いします。
PChttp://stage.corich.jp/stage_hope_detail.php?stage_main_id=26545
携帯http://www.corich.jp/m/s/stage_detail.php?stage_id=34398

その他詳細はHPにて
http://nipponnomondai.net/ver311/

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