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2010/12/14

金子修介監督作品「ばかもの」

映画でも演劇でも絵画でも音楽でも、良い作品は、普遍的であるとともに、その時代の心臓を鷲掴みにしていると公言してはばからない僕なのだけれども、今週末、その見本のような作品が公開される。

絲山秋子原作、金子修介監督最新作「ばかもの」

である。

もちろん、これをここで紹介するのは、金子監督と僕の関係性があったればこそなのだが、それ以上に、冒頭に述べたように、この作品「ばかもの」は現代の病巣の一側面をがっちり捉えている作品であると思うからである。

太宰治の「人間失格」も決して古びない普遍性を持っているが、とは言うモノの、物語の中で起こる事象は確実に時代の影響を受けており、だからこそ生命を持つ作品となっているのだが、しかし、これを現代に持ってくるにおいては「翻訳」作業が必要となる。

いわゆるその翻訳をやったのがこの絲山秋子さん原作の「ばかもの」なのではないかと思っている。

人間失格は人間失格で時代の美しさと言うモノがある。それは作品の一つの魅力で、だからこそ、荒戸源次郎監督の「人間失格」は、時代にこだわった。決して現代への翻訳を試みなかった。しかし、それは大衆の拒絶にもつながる。時代言語を操ることのできるものだけが、スクリーンの向こうに足を踏み入れることができる。もちろん、その超然たる意志。それこそが荒戸源次郎監督のカッコよさにつながるわけだけれども。

で、「ばかもの」、ここに描かれるのは今の若者である。

だからこそ、金子監督は、成宮くんにオープニング、ある歌謡曲をうたわせている。

その位置こそが、この映画のスタートである(そう言う意味では今というよりも、ちょっと昔、いまの30代が若者の頃)。

また、時代の影響を最も受けるのは女性である。

女性の描き方が非常に今である。

ああ、と思う。

深刻ぶってしまう「人間失格」的な世界を、金子修介監督のポップな腕が現代に仕上げるとこうなる。

「ばかもの」予告編

また、金子監督と歴ドル小日向えりちゃんとの直前USTムービーも観ることができる。

12月18日から有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国ロードショー。

金子修介監督作品「ばかもの」

観るべき作品である。

映画「ばかもの」公式サイト

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