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2010/12/19

さいたまネクストシアター「美しきものの伝説」(1)芸術について

(文章がめっちゃ長くなったので、(1)芸術について、(2)政治について、(3)演出について、と3回に分けます)

さいたまネクストシアター第2回公演「美しきものの伝説」の初日に行ってきた。戦後の新劇を代表する劇作家、宮本研の戯曲を、世界の蜷川幸雄が演出する。そして、我らが川口覚が出演である。見ないわけにはいかない。

前回の「真田風雲録」を見逃しており大変悔しい思いをした。見逃すと演劇はまた出会うことができないのが、映画などと違うところ。多少、都合が悪くても、なんとか駆けつける意味がある。(もちろん映画も映画館で観るのはいつでもできることではないので、なるべく映画館には駆けつけようと思っているけれども)

僕が、なるべく舞台を初日に観に行こうとするのは、昔どこかで蜷川さんが舞台は初日が最高で、後は落ちて行くだけ、と言っていたのを聞いたのと、公演の早いうちに見ておけば、それがもしも素晴らしい公演であった場合、他人にすすめるのも容易だと思うからだ。如何に良い芝居であっても、千秋楽に観たならば他人に勧めようもない。

「美しきものの伝説」は学生運動最盛期の1968年の初演以来、いろいろなところがこれを上演しているが、僕は全く見たことが無く、話についても、ぼんやりと、大杉栄と伊藤野枝が出てくるというようなことしかしらず、大正の無政府主義運動の話だろうかというようなぐらいの感覚で足を運んだ。

観て驚いたのは、政治の話と言うよりも芸術の話であったことだ。

そして、それは先ごろ見た本広監督演出の舞台「演劇入門」と問題意識を共有する部分があった。

●「演劇入門」と「美しきものの伝説」の類似性

どういうことかというと、本広さんの「演劇入門」が、いわゆる平田オリザさんの牽引する「現代口語演劇」という流れがいかに人心に受容され、演劇の表現方法の主流となっていくかという1990年代の演劇革新の様態を描いたものだとすると、「美しきものの伝説」は、ちょうど100年前の大正時代にリアルな演劇表現をもとめて演劇革新運動を起こした人々の生きざまを描いたものともいえるからだ。

劇中劇を多用するスタイルも両者は非常に似ている。当時はこんな芝居が演じられていたんですよ、と見せる必要が「演劇入門」にも「美しきものの伝説」にも発生するから、このような劇中劇を多用する形になったのだろう。

だが、違いもある。

●目的の違いから生じる表現の相違

「演劇入門」は、演劇革新の「成果」を見せることに目的があるから、Aという舞台表現がB=A+⊿Aになりましたと表現するわけだが、成果である⊿A=B-Aを評価するにはB>Aでなくてはならない。ということはAをBよりも低いものとして明確に描かないとならない。本広さんはツイッターなどでAを馬鹿にしているわけではなく多様な表現があると言いたいだけというような趣旨の発言をしていたが、成果を評価することに目的があるから「演劇入門」には内在的にB>Aと表現する圧力があるわけで、つまり「Aを嗤う」ということが必要的に生じる。実際、たくさん笑わせていただいた。「演劇入門」を観た後に、赤坂で「ジャンヌ・ダルク」を観たのだが、あまりにも「演劇入門」で馬鹿にされていた表現が多用されていたために、失笑を禁じえなかった。

しかし「美しきものの伝説」は、演劇革新の「成果」を見せることに目的が無い。AもBも、あるいはその先行世代も、死ぬほど生きたのだ。そして、その死ぬほど生きた人たちを鎮魂すること。そこにこの劇の目的がある。僕ら、おまえら、死ぬほど頑張った。がんばってがんばって死ぬほど頑張って実際死んじゃった奴も多いけど、そして後の世代にはそのがんばりでさえ忘れ去られてしまうだろうけど、でも、きっとAもBも美しかったんだよ、僕らだけはそう思おう。というようなことが主眼である。だからなのか、劇中劇が嗤えない。Aを馬鹿に出来ない。構造としては「演劇入門」と同じだから、大仰な芝居、奇矯な表現を馬鹿にし失笑が漏れてもおかしくない。実際、僕は「嗤おう」と努力した。だが、この劇中劇…トルストイ「復活」、「サロメ」、有島武郎「死と其の前後」…が死ぬほど真剣で死ぬほど美しく、僕は嗤うどころか感動してしまった。

●リアルを志す演劇表現の歴史

歴史を知っていた方が多少面白いかもしれない(ちなみに僕が連れて行った子はそういう歴史を知らない子であったが十分楽しんだようである)。

発端は明治維新にある。

大衆娯楽として歌舞伎があり、これはもちろん娯楽としてだけではなく、政治的な意図も持った立派な芸術ではあったのだが、それを革新する内在的な動機は開国に至るまで、歌舞伎の中になかったのは想像に難くない。

で、明治になり、やはり大衆娯楽として歌舞伎は存在したが、開国により、より多様な存在の仕方に目を向けた人々が、より自分たちの心情にあった表現方法を求めるのは最もなことで、これは小説表現においては、写実主義、自然主義、言文一致というような運動を生み出すことになる。

演劇表現においても、同じ作用が働いたのだと思う。

写実主義、自然主義、言文一致である。(そう考えると、現在演劇表現の主流にある現代口語演劇なるものは、この運動の余波、最先端というふうに捉える事が出来る)

「美しきものの伝説」に登場する文芸協会・芸術座の島村抱月(1871-1918)と、自由劇場の小山内薫(1881-1928)は、その演劇革新運動の代表的な存在である。

●島村抱月の芸術座

まず、文学者でもある坪内逍遥(1859-1935)がいる。

逍遥は、26歳のときに、かの有名な「小説神髄」を著し、伝統的小説表現を革新すべきこと、時代に即した嘘のない写実的な小説表現を行うべきことを宣言する。そして、47歳となる1906年に、35歳の島村抱月と「文芸協会」なるものを結成する。島村抱月は前年に4年間のイギリス留学より帰ってきている。イギリスにいて日本の演劇表現が古いことを痛感したに違いない。一回り上の大先達、坪内逍遥と意気投合し、演劇表現の改革に乗り出した。当初は演劇だけでなく、美術や文学などあらゆる芸術表現の革新を目指していたようだ。その公演の様子を夏目漱石が「三四郎」に書いている。

しかし、実験的な運動がほとんどそうであるように、逍遥と抱月の文芸協会は多額の負債を抱えることになる。

●小山内薫の自由劇場

そうやって文芸協会がもたもたしている間の1908年に、抱月の10歳年下の小山内薫27歳が、幼馴染み(16歳、17歳自分の俳句仲間)の1年先輩の歌舞伎役者二代目市川左團次と演劇表現の革新を企図、リアリズム演劇を志して「自由劇場」を立ち上げる。小山内薫はこの時点で国外の経験が無いが、襲名披露公演で儲けた金で市川左團次が私費留学を9カ月している。左團次が海外視察によって感じた演劇表現の革新の必要性と小山内の考えが合致した。

小山内と左團次は森鴎外にイプセンの「ジョン・ガブリエル・ボルクマン」の翻訳を依頼する。新しき酒には新しき革袋をと言うことだろう。旗揚げ公演は1909年11月である。この「ジョン・ガブリエル・ボルクマン」の初演の様子は森鴎外の「青年」に描かれている。

●「大根役者」とリアル

ちなみにこの二代目左團次、「大根役者」として有名であった。しかし、モノの本によれば、歌舞伎的な大仰な表現を、よりリアルにしたいという意図が左團次にはあり、それが結果として、無表情、抑制的演技になり、大根に見えたということらしいが、真偽のほどは判らない。むしろ大根がゆえに「これこそ自然」と言い訳を探したのかもしれない。ともあれ、時代として、演技をしないことこそ役者の仕事、というような流れは来ていたのだと思う。そして、このことについて「美しきものの伝説」でも言及がされている。ルパシカは小山内薫のことである。その小山内薫が、ライバルの抱月のところにいる主演女優松井須磨子を大根女優と馬鹿にしたことについて…

四分六 君、松井須磨子のこと、大根だと言いましたね?
早稲田 大根なんてものではありませんよ、あの女優は、あなた…
四分六 君は黙っていなさい。(ルパシカに)大根だと言うことについてはわしもあえて異議は唱えんが、しかし、これからの新劇の役者は、すべからく大根でなきゃいかんのじゃなかろうかね?
ルパシカ どういう意味です? 
四分六 君は言ったよ。自然であること、あくまでも自然にふるまうことによってしか人間の真実は描けん。…大根がいつまでも大根では具合が悪かろうが、しかし、新劇の新劇たるゆえんの物は、脚本もだが、大根ばかりで一座を組むところにあるんじゃないのかね?

●イプセンと両派の成功

森鴎外訳のイプセンの劇のおかげか、大根のおかげか、小山内と左團次の自由劇場の旗揚げは大成功する。

この影響を受け、多額の借金を抱える、逍遥、抱月の文芸協会でも、同じくイプセンの「人形の家」を島村抱月自身が翻訳し1911年上演。主演のノラ役に、文芸協会で作った俳優養成所の生徒、松井須磨子を抜擢し、これまた大当たりとなる。

「美しきものの伝説」で四分六と呼ばれる堺利彦が島村抱月を「ノラ先生」と呼ぶのはそのためである。

●抱月と須磨子の不倫愛

島村抱月をノラ先生と呼ぶのは、「松井須磨子のノラ役で儲けた先生」と言う意味であるとともに、その「松井須磨子と不倫スキャンダルを起こした先生」という意味でもある。

イプセンの「人形の家」を当てて復活した文芸協会であるが、主演女優である松井須磨子と妻子持ちの演出家の島村抱月の不倫愛が発覚し大問題となる。逍遥は怒り狂い、抱月は辞任、須磨子は退所処分となる。が、この二人、落ち込むわけもなく、1913年、抱月と須磨子は2人して仲良く新しい劇団「芸術座」を立ち上げることになる。

「美しきものの伝説」では、四分六が女優になりたいと言う野枝に「誰にも言うなと言いながら」この話をする。

つまり、「美しきものの伝説」はこの「芸術座」が旗あげられる寸前の1912年に始まる。

●小山内薫とスタニフラスキー

同時期に、「美しきものの伝説」のもう一人の重要人物ルパシカ、本名、小山内薫はモスクワを訪れる。そこでモスクワ芸術座のゴーリキー作「どん底」をみて感激し、その演出家であったスタニフラスキーの自宅を訪問する。スタニフラスキーと言えば、演劇を志す人間で知らぬものはいない俳優教育においての巨匠である。スタニフラスキー・システムは現在においても、自然で作らない人物を演じるための演技方法の源流として不動の地位を確保している。後年、小山内は、映画制作に乗り出した松竹のキネマ俳優学校の校長となる。おそらくそこにはスタニフラスキーの影響がある。

●新劇

旧劇たる歌舞伎に対比して、リアルを求めて立ち上げられたこの演劇を「新劇」と総称する。今でこそ、「新劇」は古い芝居がかった芝居のことだが、当初は、芝居がかかった芝居である旧劇を否定して誕生した新しい演劇こそが、この「逍遥、抱月の文芸協会」と、「左團次、小山内の自由劇場」の代表する「新劇」なのであった。どちらも言文一致的なリアルな表現方法を採用し、同時に、イプセンのリアルな現代劇の導入を必要としたのである。

●二元の道

しかし、この後、抱月と須磨子の劇団「芸術座」は、おかしなことになっていく。リアルな芝居を作るという理想を持った抱月であったが、松井須磨子という人気スターと行動を共にすることによって、劇団がスター劇団になっていくのだ。須磨子に歌をうたわせ、それが大ヒットし、大衆的になり、興行的には当たるが、それは若き日の抱月が目指した方向とは違った方向で劇団が発展していく。しかし、抱月は若き日の志を完全に捨てることはできずに、大衆劇と並行して、小人数だけを相手にする研究劇というのを行っていくことになる。「美しきものの伝説」では、抱月は、この自分の方法を「二元の道」と称し、「芸術性」と「大衆性」の双方を満たしていこうと行こうとするオッサンとなる。

●批判

ライバルの小山内薫とその小山内を信奉する学生の久保栄は、抱月の「二元の道」を痛烈に批判する。久保栄役は、僕作演出の「ルドンの黙示」で主演の一人を演じてくれた川口覚くんである。

川口くん演じる学生の久保栄が、すでに演劇界の重鎮たる抱月に食ってかかるシーンは、今回の「美しきものの伝説」で、一番スリリングなシーンと言ってもいいだろう。抱月と久保栄の対比は非常に見事である。観客は、どちらの言い分を正しいと思うだろうか?どちらも正しい。おそらく人によって分かれるだろう。この時の抱月は47歳、スペイン風邪をこじらせ死ぬ直前である。理想主義と現実主義の間でいまだに迷っていて、ときに、学生の久保栄の実直で的確な理想主義の言葉が胸に響いてしまう抱月の気持ちが、僕には痛いほどよくわかった。

公演後に川口くんに聞いたのだが、蜷川さんも「俺は抱月だ」と言っていたらしい。

●「美しきものの伝説」をみるための演劇史要点

演劇史としては、おおざっぱに

1.「旧劇」である歌舞伎の型の表現から、言文一致的なリアルな表現をもとめる「新劇」へと言う流れがあり、

2.その「新劇」の中には、オッサンの島村抱月の芸術座の流れと、小山内薫の自由劇場の流れがあり、

3.島村抱月の芸術座は、理想とは離れ音楽劇などの大衆芸術に傾倒していくが

4.一方若者たちは、理想を追求するとともに、政治を志す者が増えてきて

5.劇団的なところの多くが、共産主義運動、無政府主義運動をしている人達のたまり場になる…

というところを掴んでいると、「美しきものの伝説」の理解の下地はできたと言えるのではないだろうか。


(つづく)

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2010/12/15

谷賢一演出「国道五十八号戦線異状ナシ」

やりたいこと、やらねばならぬことが山積し、またしても精神的恐慌状態になりつつある。

観たい芝居、映画も多数見逃している。

非礼にあたるだろうし行かねばならぬことも多々あるものの状況的に許されぬことも多く大変申し訳ないと思う。

そんななか、観にいけないと感じていた国道五十八号戦線の解散公演を観ることができた。

朝、絶望とともに眠れずにいると、演出家の谷賢一氏から電話。

今日は千秋楽ぜひ観て欲しいと。

演出家自らの電話、これは並々ならぬ覚悟が無くては出来ない。僕は谷くんが好きだから、友情、うん、これは行かねばならぬと、奮起電話を切るとすぐさま電車に乗り劇場に滑り込み、解散公演2本立ての一方「国道五十八号戦線異状ナシ(再演)」を観ることができた。

実にすばらしかった。

谷賢一の「演出」スタイルの1つの集大成を観た。

おそらく、4.48サイコシス、人間失格を経ての行きつく先である。

簡単に作品について解説をすれば、谷賢一はお呼ばれ演出で、脚本は沖縄出身、劇団主宰の友寄総市浪氏、作品自体は2008年に初演され、今回は再演である。

なんというかお話しは縮めて言うと、沖縄問題、である。

沖縄問題の果てに本土から独立しようとする沖縄の若者たちの話である。

しかし、本当にこの物語が沖縄問題を扱っているかと言うと、はなはだ疑問である。

米軍基地だの、非核三原則だの、核兵器だの、言うているが、それらは結局どうでもいい展開なのだ。

僕が知っている以上の沖縄問題は出て来ず、また、その解決に焦点が絞られているわけでもない。

沖縄問題「的」な言葉をちりばめた設定のもとに、ある共同体というか友情の問題を描いた作品と言うべきで、実は沖縄問題を注目してこの公演を観に来た人間がいたとすれば(いないと思うが)、肩すかしも甚だしい内容である。

否定しているのではない。

当日パンフに演出の谷賢一が既に言っている。

つーかこれは、僕にとっては沖縄の話ですらなくて、

もう1つ大きな枠組みでとらえたい物語です。

初演は、美術的に沖縄を非常に意識したものであったらしい。が、それは、この脚本が実のところ少しも沖縄を扱っていないことを糊塗する方策で、今回、再演に当たり、谷賢一が美術を極力沖縄的でなくしたために、脚本内で扱われている沖縄問題が、ただの具材に過ぎないことが露呈するかたちになった。

そしてそれは、物語の本質…共同体構成員各人の、日常によって覆い隠されているエゴが、外部者の到来によって顕現していく、その風景を浮き彫りした。谷賢一の、役者のキャラ立ちとリアリティを両立させる丁寧な演出によって、そのことがテンポよく描かれる。

ただそこでも、それは「風景」にすぎなくて、物語を産むわけではない。脚本は、政治的駆け引きや、種明かし的なトリックを含むが、もはやそんなのは、言葉上の、学生的な、机上の空論、青臭い上っ面の屁理屈で、どうでもいい。残るのは、谷賢一の演出である。とくに、ラスト近くの、王国の旗をあげたところの拡声器を使ったシーンは印象に深い。心がワクワクするほど派手である。出し物としての下品さを備えながら、でもキチンとしている。台本や沖縄と正直にぶつかってはヤバいところをうまい具合に回避している。同じようなやり方は蜷川さんの演出に見られる物である。脚本を変更しないと決めたときに、そのような道が開けるのかもしれない。

演出家は、エンターテイメント性とアート性を微妙な塩梅で両立させねばならないが、本作の演出は絶妙な具合でエンターテイメントとアートを両立させている。イケメン芝居に走るのでもなく、幼稚なヒロイズムに走るのでもなく、アートを売れるものとして成立させる。その谷賢一の手腕にまたまた磨きがかかったと唸らされた一本であった。

作品の内容については、「休むに似たり。」が丁寧ですので参照してください。


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2010/12/14

金子修介監督作品「ばかもの」

映画でも演劇でも絵画でも音楽でも、良い作品は、普遍的であるとともに、その時代の心臓を鷲掴みにしていると公言してはばからない僕なのだけれども、今週末、その見本のような作品が公開される。

絲山秋子原作、金子修介監督最新作「ばかもの」

である。

もちろん、これをここで紹介するのは、金子監督と僕の関係性があったればこそなのだが、それ以上に、冒頭に述べたように、この作品「ばかもの」は現代の病巣の一側面をがっちり捉えている作品であると思うからである。

太宰治の「人間失格」も決して古びない普遍性を持っているが、とは言うモノの、物語の中で起こる事象は確実に時代の影響を受けており、だからこそ生命を持つ作品となっているのだが、しかし、これを現代に持ってくるにおいては「翻訳」作業が必要となる。

いわゆるその翻訳をやったのがこの絲山秋子さん原作の「ばかもの」なのではないかと思っている。

人間失格は人間失格で時代の美しさと言うモノがある。それは作品の一つの魅力で、だからこそ、荒戸源次郎監督の「人間失格」は、時代にこだわった。決して現代への翻訳を試みなかった。しかし、それは大衆の拒絶にもつながる。時代言語を操ることのできるものだけが、スクリーンの向こうに足を踏み入れることができる。もちろん、その超然たる意志。それこそが荒戸源次郎監督のカッコよさにつながるわけだけれども。

で、「ばかもの」、ここに描かれるのは今の若者である。

だからこそ、金子監督は、成宮くんにオープニング、ある歌謡曲をうたわせている。

その位置こそが、この映画のスタートである(そう言う意味では今というよりも、ちょっと昔、いまの30代が若者の頃)。

また、時代の影響を最も受けるのは女性である。

女性の描き方が非常に今である。

ああ、と思う。

深刻ぶってしまう「人間失格」的な世界を、金子修介監督のポップな腕が現代に仕上げるとこうなる。

「ばかもの」予告編

また、金子監督と歴ドル小日向えりちゃんとの直前USTムービーも観ることができる。

12月18日から有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国ロードショー。

金子修介監督作品「ばかもの」

観るべき作品である。

映画「ばかもの」公式サイト

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2010/12/13

表現者はまさに犯罪者を作るために表現している

昨日の記事にものすごく拒絶反応を起こす人が多いのには驚く。

表現の自由を標榜する人々が逆に多様な言論を許さないところに行っている。

昨日の記事を消せと何か所からアドバイスなり脅迫なりをいただいた。

そういう発想こそがむしろ表現の自由に反していることになぜ気付かないのだろうか(真摯にアドバイスをくれた方々には感謝をしますが、脅す馬鹿もいるのです)

日本人的な「空気を読め」とかそういうことだろう(ああ、軍国主義は怖い怖い)

だが、僕は空気が読めるからこそ、あえて読まない。

僕は、表現の自由は、お上が守るものではなくて、表現者の心持だと思っている。

規制のない所で自由なのはあたりまえで、大事なのは、規制され自由が許されないところにおいても、自由であれるかと言うところが、表現者の自立心の試されるところであって、規制?いや、面白いんじゃないの?と僕は思っている。規制されたら、いきなり表現が丸くなる日和見は誰だろうと予想を立てたいぐらいだ。日和見ほど規制をしないでくれと騒いでいる。規制されようがされまいが、欲求は決まっている。それを表現するだけではないのか?規制をされれば当然商売はやりづらくなる。やりづらくなるが、人間とは面白いもので、悪状況ほど燃えるものだったりするわけで、特高警察の眼を盗み、暗がりに蝋を灯し、ノートの切れ端に、本当に表現すべしと信ずる物を描く、レジスタンス、それはなんて楽しいことなんだろうと思う。

僕は禁酒法時代の、あの地下の狂乱にこそ憧れる。

ていうか、なんだかんだ言っても、燃えてるから、規制反対運動は盛り上がってるんでしょ?死んだ眼が生き生きしちゃってんじゃんwwwそれでいいんだよ。で、本当にガチガチに規制されたら、みんなでレジスタンスしようよ。学生運動の敗北以降、僕らにはその機会が無かった。ようやく、ぼくらの本質である暴力的欲求が正当化されようとしているわけだよ。ま、皮肉で言ってるんだけどね、半分はw

で、さらに、馬鹿じゃなかろうかと思うのは、「漫画表現や映像表現なりが犯罪を誘発しているという事実は認められない」とデータに基づき発言している表現者がいることだ。

よくわからんが、市民はいいんだよ、そういう間抜けなことを言っても。だけど表現者がそれを言うのは自殺行為じゃないかい?

表現者はまさに犯罪者を作るために表現しているのではないのか?

と、ちょっと過激な言い方をしてみたが、要は表現により人に影響を与え人生を変え、ひいては革命を引き起こすことにこそ、僕らの欲望はあるんじゃないか?と言いたいわけです。

それを、僕らの表現は世間に対してニュートラルです。なんの影響も与えません。なんて馬鹿かと。

与えるんだよ。影響を与えて、そいつの人生をぐっちゃぐちゃにして、でもあれ?これ生きてて楽しい!?ぐふっ(と血を吐いて死ぬ)、そこに行くために、行かせるために、表現者は表現しているのではないか。

僕自身の見解では、バブル崩壊以降大きな物語が無くなった。だからこそ、日常の些細な物語らしきものを、紡いで紡いで僕らは必死に生きている。物語は人生の物差しで、ああ、これでよかった。あるいは、もうちょっとだ、頑張ろう。などと現時点の位置を計測するためにとても必要なもので、現在自殺者が増えているのは、まさにその物差しを誰も与えてあげられていないからこその事態で、とくに子供たちが自殺をするニュースを聞き、表現者は心を痛めよ。なぜならば、お前らが、僕らが、物語を与えられていないからこそ、彼らは死ぬのだ。物語の、それを作るべき表現者たちの敗北だよ。子供たちの死のニュースは。

もしも、同性愛に目覚め、その自身の肉体的告白に苦しんでいる子供がいるとすれば、彼らに、このクソ日本で生きることの大変さを教え、でもそれでも、その存在を認めてやれる物語を提供すること、これは実に必要なことで、もしもお上が規制すると言うなら規制しろで、だけど表現せねばならぬことで、僕はそこにこそ表現の持つ聖性の明かりが灯ると思っている。

規制により、日和見の精液にまみれたぐっちょんぐっちょんの表現は消える。だが、本当に必要のぐっっちょんぐっちょんなら描き続けるだろう。実におもしろい事態になっている。皮肉も半分で、だから僕は石原慎太郎に、あんた面白いねと言いたい。

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2010/12/12

文学的快楽としての表現規制

いろいろ物議をかもしているアレがああなった…らしい。

過激な性描写のある漫画の販売を規制する「都青少年健全育成条例」の改正案について、民主、自民、公明の3会派が「慎重な運用」を求める付帯決議付きで合意し、12月議会で成立する見通しになった。(産経ニュース

この論争についてはあまり不勉強でよく分かっていない。

分かってはいないんだが、石原慎太郎が規制推進というので、引っかかっていた。

僕は石原慎太郎の小説の良い読者ではないが、彼は僕の敬愛する三島が見出した作家でもあるし、都知事になっても過激なエロ小説を発表するなど文学の位置からの政治を実現する人と言う認識があり、ぼんやりと応援をしていた。

頑固ジジイは嫌いじゃないし。

だからその慎太郎が表現を規制するということについては、普通の政治家が同じことをする以上に意味があると思うし、深い決断なんだろうと思っている。

で、僕が最近もっとも有用なブログと思っている池田信夫さんのブログにこういう記事があった。

「青少年」という幻想

「価値の紊乱者」を自称していた石原氏が、エロ漫画の撲滅に熱中する姿は哀れをもよおす。

とあるが、これはちょいと首肯し難い。

三島は晩年、バタイユに傾倒していた。(慎太郎がバタイユをどう思っていたのかは僕は知らない)

で、そのバタイユのアイディアのひとつに「禁忌を犯すことこそエロティシズムの源泉」という発想がある。

つまり、禁止された方が変態は楽しいよ、ということだ。

僕はかねがね、タバコやお酒やセックスが禁止される世の中の到来を切望するのだけれども、そうすると、そう禁止をするだけで、同じタバコを吸うだけでもドキドキが増す。大雑把に言うとそういう発想である。

それこそが、文学からの言葉であるとする。

だとすると、石原慎太郎の行動は、かつての価値紊乱者が変節した…、というようよりも、自らがよりおいしい果実を味わうための倒錯的行為とは考えられないだろうか。

出版社は騒ぐだろう。

出版社は法律内表現だけをしか扱えない。

だが、表現者はこの規制強化を喜ぶべきではないか。

投獄の恐怖におびえながら、作品を書くことができるのだ。

SM、同性愛、幼女性愛、いろいろなことが認められ過ぎだ。

全てを禁止し、ドキドキしながら変態になれたあの時代が戻ってくるのかもしれない。

金銭のためや、世俗的成功のためではない。

聖なるもののために表現をする。

禁止を強化しよう。

そこでこそ表現をすることの聖性がもっとも輝くのだから。

表現規制の強化、これこそが、もっとも倒錯した文学的快楽なのかもしれない。

つづき→表現者はまさに犯罪者を作るために表現している

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2010/12/08

大人計画「母を逃がす」

松尾スズキは天才だ。

当たり前のことを言ってしまった。

なにが天才って、言葉の天才なわけです。松尾スズキさんは。僕が思うに。

なによりもタイトルの付け方がうまい。

「絶妙な関係」「手塚治虫の生涯」「猿ヲ放ツ」「ちょん切りたい」「生きてるし死んでるし」

野田さんの芝居は僕は好きだけど、タイトル付けにはいつも文句を言いたいと思うが、松尾さんはすごい。

なかでも、今回再演の

「母を逃がす」

この素晴らしいタイトルは一体なんなんだろうか。

松尾さんの書いた脚本で、最初に買ったのが、この「母を逃がす」であった。

しかし、初演は観ていない。

1999年5月に同じ本多劇場で公演している。

手元にある脚本に書いてあるキャスト表を見ると、今回の再演、若干の変更はあるがメンツもほぼ同じ。

出演者も、ザ・大人計画という感じ。

いわゆる人寄せパンダ的な芸能人の参加はない。

なのに、連日の公演は満席状態らしい。

分析するに大人計画の役者のキャラ立ちがくっきりしていて、TVや映画などでも、大人計画味で売っていると言うことが大きいだろう。

つまり、大人計画の役者がすでに人寄せパンダ芸能人に等しい集客を持っているからと思う。

ちなみに演劇の役者が、映像に出ても、演劇の時の持ち味を生かして出演というのは本当に少ない。

毛皮族の町田マリーさんなんかもNHKのドラマで良い芝居をしているが、舞台の時の町田マリーを想像できない。

その点、大人計画はすごくて、TVや映画で大人計画の役者のファンになった人が、芝居を見に来ても裏切らない芝居をしている。

だから映像で大量のファンを獲得し、それをそのまま舞台に持ち込んで行ける。

映像と演劇のわけ隔てない役者のキャラ立ちを意図した長坂社長の天才を思った。

それはそうと、芝居「母を逃がす」である。

始終笑いの絶えない芝居である。

そこで、言葉の天才松尾スズキに戻るわけだが、独特のセリフ回し、そしてそれを忠実にというか、大人計画の役者の肉体でしか発しえない言葉の連射による爆笑の渦。つまりキャスト変更が難しかったのは、役柄やセリフがもう、大人計画の役者を前提に書かれているからではないか。

僕は、松尾さんの「業音」という芝居も好きで、この脚本は面白すぎて何度も何度も読んでしまうのだが、キャスト表を見なくても、大人計画の誰がどの役をやるかが見えるぐらいに、セリフ、役割と、役者が連動している。のではないかと思わせる。違う役者でやったら、あの面白さは出ないのではないか。

普通の戯曲に比べて、別キャストでの再現性の難しい脚本が松尾スズキ脚本の特徴な気がする。

と、ここまで言っておいて何なんだけど、それだけでもない。

二重性をすごくいつも感じる。

詩情性と表層性

表層性のところが、上に述べた役者に依存したセリフの応酬に見られる松尾スズキ脚本の特徴で、詩情性(あるいは至上性)が、芝居の全体の基調に見られる松尾スズキ脚本の特徴。そう僕は感じている。

簡単に言うと、詩情性あるいは至上性はド演歌に近いロマンの場合が多く、それを大っぴらに表現するにはこっ恥ずかしいので、表層的なギャグと笑いでオブラートしているというか。

これは先行世代の野田さんや、同世代のケラさんにも見られる特徴だけれども、本当に語りたいこと(古臭いロマンティックな話)を表現するために、笑いという手続きを導入する。もちろん、ケラさんは笑いを手続きという風に考えるのには強く反発していて、たまに笑いだけ、それだけの芝居をされたりしているが、でも、僕なんかは、野田さんや松尾さんやケラさんの捏造するロマンを拾いに劇場にでかけているようなもので、もちろん笑いはあっていいし、いやあるべきかもしれないが、時折、笑いに偏重が過ぎて、おかしなことになってはしないかと危惧することも多々ある。

笑いを導入する必要が生まれたのは、おそらく学生運動の全面的敗北が大きな影を落としていて、つまり、熱く語ることの失敗が1970年ぐらいにあって、それ以降の若者は熱く語ろうにも、そんなのこっ恥ずかしいぜ、みたいなポーズを取らざるを得なくなり、とは言うモノの、人間の本質的な物語欲求は熱くロマンを語ることなので、それをなんとか、こっ恥ずかしいぜに落とし込もうとしたのが、笑いをメインに据えたような形の芝居を生み出した。と僕は思っている。表層こそが本質だぜというような。

一度、松尾さんのある作品を映画化したくて、交渉を重ねていたことがある。松尾さんと渋谷でお会いすることができたが、その時、松尾さんが言われた言葉が印象的だった。「血みどろの抗争のあとに、ぽっと浮かぶ詩情を大切にしてくれれば、僕は何も言いません」

結局、その映画はもろもろあって実現不可能となってしまったのだが、僕は松尾さんの舞台に、「血みどろの抗争のあとに、ぽっと浮かぶ詩情」をいつも求めに行っていたのであったから、我が意を得たりと思ったものであった。

「母を逃がす」

このタイトルに詩情があふれている。

だから僕はこれを求めに今回も「母を逃がす」を観に行った。

実際、それは胸をきゅうと締め付ける話であった。

が、あまりにもオブラートが多すぎはしないか。多すぎて、はぐらかし過ぎて、「母を逃がす」が見えにくくなってはいやしないか。そんな印象を受けた。笑ったし、それは足を運ばないと得られない類のものなので、行ってよかったし、さすがに素晴らしいとは思う。思うが、松尾さんしか描けない詩情が「母を逃がす」という行為にあるのだから、1999年ならいざ知らず、もう2010年なのであるから、僕らは学生運動の失敗など忘れてしまったのだから、そろそろオブラートを減らしても良かったのではないか。そうしないから、若い無知な人々が安っぽいロマンに食いついたりするそういう時代になってしまったのではないか。そう思いながら見た。「母を逃がす」以外の情報量が多すぎる印象だった。もっと「母を逃がす」ことに胸締め付けられたかった。

僕の個人的趣味だから、あれだけども、「エロスの果て」「ドライブイン・カルフォルニア」「悪霊」なんかは笑いとロマンの塩梅が素敵だと思う。

いつか機会があれば、「母を逃がす」を映画化したい。その時には、より詩情性を重視した本を作ってみたい。と思っている。

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