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2010/03/06

松井周演出「ハコブネ」

2009年「家族の肖像」、2010年「あの人の世界」と2年連続岸田戯曲賞にノミネートされている松井周さん。

現在、「ハコブネ」という芝居を、池袋あうるすぽっとで上演中である。

で、これを見に行った。(以下ネタばれ注意)

松井周さんの作品を常々観たいと思っていながら見ていなかった。

今年はいろいろ謙虚に学ぼうと思っているので出かけて行った。

僕は強力に野田秀樹さんの影響を受けているので、その後の静かな演劇とやらを敬遠しているところがあって、敬遠と言うよりも嫌煙しているところがあって、いまや青年団にあらずんんば演劇人にあらずてきな、あの勢力を長らく見ないで来てしまった。平田オリザさんの「演劇入門」を読んでケッと思ったことも大きい。

しかし、五反田団やハイバイ、砂地の作品を見てもそう思うが、やはり平田オリザは人を育てている。

野田秀樹が偉いしすごいのはすごいのだろうが、後進を育てるという意味ではやはり平田オリザに軍配があがるのではないだろうか。

僕はこれを、空海と最澄になぞらえてみたい。

弘法大師空海は確実に最澄を上回る天才であったが、逆にその天才ゆえに後進が育たなかった。一方、伝教大師最澄はシステムを作り己を神格化しなかったから、法然、親鸞、栄西、道元、一遍、日蓮と多様な才能を生み出し鎌倉仏教隆盛の礎を作った。

とまあ、そんなことはどうでもよく、今日は、松井周さんの作演出、北九州芸術劇場プロデュース「ハコブネ」である。

一言で言って、非常に面白く興味深いものであった。

松井周さんのブログに行くと、影響を受けた作家の一番に「楳図かずお」さんの名前があり、ああ、やっぱりというような感慨もある。伏線の回収にこだわらず、また筋立てが良い意味で野蛮だ。

ご本人が映画芸術のインタビューで確率論について言っていたが、この「ハコブネ」という作品においても、物語前半の確率的に高い筋立てで進む部分は、丁寧で、ああ、静かな演劇眠くなるぜという感じであったが、途中から、システムの暴走が始まり、確率論的に低いことが起こり続ける。ここは大変エキサイティングで、つまり、平均化されたものは確率論に回収されるが、一回性の人生は結局確率的にはありえないようなことの連続であり、それこそ「事実は小説よりも奇なり」なのである。その事実がそこにあった。

なによりもその確率論や事実をうそくさくしていないものは、人間を見据える力、裸の王様を告発できる力ではないだろうか。僕はありきたりになりそうな芝居を見るといつも、ひやひやする。どう裏切るのだろう。結局裏切らないのか?と。

で、今回の芝居、前半で長く、工場労働者と厳しく理不尽な工場の監督の関係が描かれ、途中、工場労働者の反乱が起こる。ここで、ええ、ああ?まさかプロレタリア文学か?というような気分になるが、いやいや、そこで終わらぬだろう・・・と見続けると、痛快な出来事に出会った。どうとは書かない。見に行っていただきたい。そして僕はこの人間の描き方だけで、松井周さんが信頼できる。ありきたりなプロレタリア文学を望む世間に対して、いやいや、どちらかが明確な悪なんてそんな簡単な世界ではないでしょう、俺たちのいる世界は。と、ちゃんと正論を言っている。(この作品が「蟹工船」を参照していることはコリッチに書きこむ昨日知った)

ちなみにまた脱線になるが、若き日の太宰治がプロレタリア文学を目指しながら大成しなかった理由として、編集者たちから売れ筋の定番として求められた筋立て「かわいそうな労働者VS理不尽で傲慢なブルジョアジー」という図式を明確に描けなかったことがあると思う。彼はブルジョアジーの出身だから実地に、その「かわいそうな労働者VS理不尽な権力者」という皆が好きな構造が嘘だということを太宰は見ているから、たとえ売れるためといえども嘘を書けなかった。結果として、彼の書く作品は、プロレタリア文学の顔をした怪奇文学となり、評価されない。正直者の不幸が彼を傷つけた。

同じように僕ら表現者は売れるために嘘をつきたくなるが、そんなことあるわけないだろうとちゃんと言う、それは表現者としてはあたりまえと思うだろうが、現実にはなかなか難しいと感じる。それを松井さんはやっていた。売れることと、ちゃんと言うことを両立させるのは偉いことだ。

最近、僕の古い友人の芝居を見に行った。コリッチではかなり評判が高いから期待と若干の焦りをもって見に行った。結果として、僕は、コリッチでほめられているその芝居のサスペンスとしての緻密さなどよりも、女性の描き方の一辺倒な調子にがっくりきた。一人の女性を除いて、他に登場する6人ばかりの女性が皆、男の浮気に泣かされているのだ。舞台上で本当に泣きわめかせるのだ。そして嫉妬に狂った女が自分の男と浮気をした親友の女を殺してしまうのである。この女性像の古臭さはなんだろう。あれを評価している皆はそんなことどうでもいいのだろうか。僕はあれだけで物語を見る気を失う。サスペンスの緻密さ以上に、人間をちゃんと描くことをしなければいけないのではないか。(彼には同じ場所にいる友人として頑張ってもらいたいと思っているが)

また話が脱線した。

というわけで、松井周氏作演出「ハコブネ」は確率論として低い事実を描きながら、しかし浮つかない本当の人間と社会構造が痛快な形で描かれている素敵な芝居であった。

これが結論。

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