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2009/10/13

DULL-COLORED POP『プルーフ/証明』

DULL-COLORED POPがこの公演を機に活動をしばらく休止するというので二日連続で観劇をする。

11日夜デヴィッド・オーバーン作、谷賢一翻訳翻案演出『プルーフ/証明』、12日夜サラ・ケイン作、谷賢一翻訳翻案演出そして出演の『心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~』

この両作を観て、僕は谷さんの才能を改めて確信した。

前作「マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人」については、演劇評価サイトCoRichではかなり評判が高かったが、僕的には、もったいないだらけの本だと感じていた。演出に関しても、モリエールというペターとした劇場をうまく使えているとは思えなかったし、なによりも主演の清水那保さんをうまく使えているようには見えなかった。でかい劇場を使うときには良くあることで、自分も身につまされるのだが、集客を考えると、登場人物を多くせざるをえず、出演をお願いした各方面への顔立てなどもあるし、結果として、主人公不在のボヤーとした本になる…もちろん谷さんと話したわけではないので勝手な憶測だが、そう思えるような本だった。やはり、マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人は、マリーに話を集中させるべきだった。谷さんらしい題材であり、その美しいセリフなどもあるのだが、モリエールという場所がもたらす諸事態から微妙なことになっていた。あの作品をべた褒めしたコリッチの評論家たちは目がつぶれているとしか言いようがない。悪いが谷賢一はもっといい芝居をかける人なのだ。あれを褒めるようじゃ褒め殺しだよ。

あ、なんだか谷さんをくさすような感じになってしまったが、そういうつもりはない。これからべた褒めしますよ。なにせ、今回の2作品はともに異常に素晴らしい出来であったからだ。

まず『プルーフ/証明』。

ほとんどイスとテーブルぐらいしか何もない舞台で4人芝居。2時間半。音楽の使用も最小限だ(というかあったか?思い出せない)。そんなんじゃ、ふつうはもたない。空間的にも時間的にももたない。もちろん出演者が、寺島しのぶとかなら別だが、小劇場程度の人間がいくら出てもふつうはもたない。が、もたせた。そこがすごい。そして、あの世界がもった理由。それは、ひとえに、清水那保。そこにつきる。

僕は「小部屋の中のマリー」からしか谷さんの芝居を観ていない・・・あ、柏でやったロミジュリが一番最初か・・・まあダルカラを観たのは「小部屋の中のマリー」からなので、清水さんを観たのもそれからなのだが、僕は不思議な感慨をもっていた。

・・・谷さんは劇団の主演女優・清水那保をうまく使えていないんじゃないか・・・という感慨。

「小部屋の中のマリー」のマリーはハマリ役のように見えるが作りものな感じがどこかある。それはブランヴィリエ侯爵夫人も同じ。清水さんの芝居には常に作りものの感覚があった。谷賢一の要求水準(演技の要求水準ではなく物語にかかわる「存在」としての要求水準)があまりにも高いため、清水那保ががんばって背伸びをしているという感じが常にあった。

しかし、『プルーフ/証明』のキャサリン役。
今回はどんぴしゃりと過不足のないハマリ役になったと言っていい。
数式でいえば「キャサリン=清水那保」だ。

寺島しのぶがその知名度や巧みさなどで観客をひきつけているとすれば、清水那保はキャサリンそのものであることによって観客をひきつける。それはすごいことだ。訓練でどうこうなることじゃない。演技レッスンなどで糊塗できるのは表面的な傷だけだ。勝負はその演者の日々の生き方で決まる。おそらく…おそらくだが清水那保はキャサリンのように日々を生きているし、これまでもそう生きてきた。つまりキャサリンにキャスティングされる前から、清水那保はキャサリンを演じるための訓練をしていたとさえ言えるのではないか。
彼女の年齢を僕は知らないが、23歳なら、23年の年月を費やしてキャサリンを演じるべく日々を生きていた。それは演じる(すなわちニアリーイコール)ということ以上に奇跡的なことで、すなわち、キャサリン、イコール、清水那保ということなのだ。そんな清水那保に、数か月のニアリーイコールキャサリンである寺島しのぶが勝てるわけがない。ニアリーイコールはどんなにがんばってもニアリーイコールにすぎない。nを無限大に飛ばすという巨大な壁を越えなければイコールにはなれない。

僕はいま大げさなことを書いている。しかし、かなり本気だ。そんぐらい、清水那保のキャサリンはみるべき「存在」だった。ニアリーイコールはあってもイコールは滅多にない。

演技指導なんかよりも重要なのはキャスティングで、演出家の仕事の半分はキャスティングだと僕は思っている。

しかし、今回でいえば、逆キャスティングが決定的であったということ。つまり通常は脚本に合わせてキャストを選ぶが、今回は逆で、清水那保というキャストにあった脚本選びがなされ、その逆キャスティングの見事さが決定的に、今回の作品の成功につながっているということがいえる。

わからないが、谷賢一は、劇団活動を休止するギリギリにして、はじめて清水那保を100%使うことのできる演目を見つけることができたのかもしれない。nを無限大に飛ばした。これは偉大なことだ。毎回自分を100%出したり、他人を100%使えたりしているなんて思うバカは死んだほうがいい。自分が自分であることに人は迷い続ける。だが谷賢一はついに清水那保を発見した。あなたがあなたであることを示した。これはすごいことだと思う。最後のギリギリにそんな演目を間に合わせることがシャレている。谷賢一らしい。

清水那保=キャサリンという発見、その僥倖によって、ダルカラの、今後あるかないかわからない未来は輝かしいばかりに照らし出されることになった。だから僕たちは安心して谷賢一を、そして清水那保を待つことができる。今回の作品『プルーフ/証明』の成功こそが、彼らの祝福されたる未来のなによりのproof/証明なのだから。


(※長くなったので、『心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~』については次項に改めることにします。)
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うちらも芝居やります。
アロッタファジャイナ番外公演2009年冬
「11月戦争とその後の6ヶ月」
Omote2
公演詳細については前回記事かCoRichをどうぞ。
(前回記事は)
(PCからコリッチは)
(携帯からコリッチは)

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