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2009/10/29

DULL-COLORED POP『心が目を覚ます瞬間 ~4.48サイコシスより~』

いろいろごたごたしていて更新できておらぬ、すまぬ。

ということで、表題の作品。

ちなみに、これを観た後に僕が見た演劇は

ハイバイ『て』

砂地『ナノクライシス ポルノグラフィ』

五反田団『生きているものはいないのか』

五反田団『生きているものか』

だが、どれもすばらしかったが

そのどれよりも、素晴らしかったのは表題の

DULL-COLORED POP『心が目を覚ます瞬間 ~4.48サイコシスより~』

だと思う。

最近で言うと、野田秀樹の『ザ・ダイバー』日本バージョンに匹敵する。

つまり、世界標準であろうということだ。

そして谷賢一が、この演目を単体でやったのではなく

もうひとつの『プルーフ/証明』と抱き合わせ販売したというのがナメている。

演劇をなめきっている。

そしてナメキルだけの才能があることを証明した。しやがった。

このすごさがどれだけの人がわかるだろうか。

本人も総括を書いてしまったので、

なんだか後出しじゃんけんみたいなことになるが、

『プルーフ/証明』は連続時間の芝居

『心が目を覚ます瞬間 ~4.48サイコシスより~』は瞬間の芝居

その両方をやれますよーみたいな演劇を舐め切ったことをしたのである谷賢一は。

そして舐め切れることも証明した。ひどい(笑)

ちなみに、「連続時間の芝居」と「瞬間の芝居」をわかりやすく言えば、「ストーリーのある芝居」と「ない芝居」、あるいは「映画になる芝居」と「映画にならない芝居」というか「映画になるかもしれないがなったとしても人の入らない芝居」(笑)とでもいおうか。

それこそ、「連続時間の芝居」は丹念に表現することが求められる。そこに必要なのは忍耐であり、苦痛を我慢することであり、大人の目をもつことだ。一方、「瞬間の芝居」はすべての観念から自由になることが求められ、逃げ続けることが求められる。そこで必要なのは、わがままになることであり、少しの苦痛も我慢しないことであり、子供の目をもつことだ。

『プルーフ/証明』では、登場人物たちの心の交流変化、ストーリーに感動する。

『心が目を覚ます瞬間 ~4.48サイコシスより~』では、人間の想像力が自由であることに感激する。

僕は、谷さんと堀奈津美さんが服を着こんでいるところとか、風船を割るところとか、まきちらすところとか、思い出すだけでも泣けてくる。何に泣けるかというと、自由であること、そっせんして自由であること、自由には無限の可能性があること、だがその自由にさえ終りがあること、終りがあることなんて谷賢一は十分わかってる。わかってるがそれでも自由であろうという精神を体現しようとするところ、ドンキホーテであろうとするところ、泣きながら、そして笑いながら上りつめる、…いとおしい人間と言うちっぽけな魂を抱きしめようとする行為、僕は、あの瞬間に世界が終っても満足したと思う。そんな芝居であった。

谷賢一はもう演劇の世界に戻ってこなくていいよ。怖いから(笑)

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アロッタファジャイナ番外公演2009年冬
「11月戦争とその後の6ヶ月」
Omote2
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