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2008/06/06

コマケー

最近は引きこもっている。

もちろん、8月の舞台の台本書きである。

かなり苦しんで書いている。

がそう遠くない未来書きあがるだろう・・・(ホントカ!?)

 

映像の仕事でやらなければいけないものもあるのだが

もうしわけありません。

8月の舞台の台本、いまやらねばタイムリミットなんです・・・。

 

それはそうと、

映像の仕事をたくさんやらせてもらっている

幸せな自分だが

思うことがある。

プロット段階でぐちぐち練るんじゃなくて、脚本書かせてくれ・・・。

もちろん脚本書かせてもらってるんだけど

そういうことじゃなくて

映像は、脚本着手の前段階で

かなりプロットというあらすじ作成作業に時間をかけるんだけど

なんだろ

自分が小劇場出身だからかな

プロットぐちぐち練るの嫌いなんだよね。

脚本書く段階で本領を発揮するというか。

あらすじはあらすじにすぎないというか。

プロットを何度も書き直していく作業は

あんまりクリエイティブじゃない気がする。

たぶん、これで結構映像に進出した小劇場の脚本家は苦労しているんじゃないかな。

自分の舞台の時には、プロットと言っても、

ちょろっとした思いつきでしかないからね。

映像は、誰もが納得するようなあらすじになるまで叩きまくるから。

もうちょっと書き手を信頼しても良いと思う。

というか

もうちょっとプロデューサーはいい加減になれば良いと思う。

そうすればきっと日本にクリエイティブな作品が氾濫すると思う。

ここをこう書けば突っ込まれるとか

ここの裏はどうなってるのとか

そういう「縮み思考」ではいい作品は作れないよね。

台本書くのなんてそんな時間かからないんだからさ。

どんどん台本書かせてみなよ、って思う。

(初稿代が発生するとか心配するんだろうけど、そんなの関係ねーよ)

プロデューサーというのはある種サラリーマンというかビジネスマンだから

どうしても事前チェックみたいなのしたいのだろうけど

脚本家はビジネスマンじゃないからさ

自分の思考や創作の過程をちくちくチェックされてるうちに

デーモニッシュなものが消えちゃうんだよね。

そんなんで消えるならそれまでって思うかもしれないけど

ま、本当にそれまでかもしれないけど

たぶん小劇場出身者が映像進出時に苦労しているとすれば

(たぶんみんな苦労しているのだろうけど)

そこ。

問題はそこにあると思う。

思考や発想の事前チェックされるとテンション下がる

みんな動物だからさ。

なので、事前チェックされて、

自分の欲望とは違う

プロデューサーやスポンサーや関係者のアーだコーだを

自分の書き手としての欲望とは関係なくちゃんと盛り込める

作業者のような脚本家がのぞまれちゃうんだよね。

でもそういう作業者からは

ぜったい「早春スケッチブック」のような作品は生まれないと思うぜ。

俺たちは仕事としてやってないんだよね。

排泄とかセックスとかと同じ行為として作品を作ってんだよ。

(ダカラオマエノ作品ハ糞ナノカトイウツッコミハナシトシテ(^^;)

だから

もっとぷろぢゅーさーは

俺たち小劇場に住んでいる動物をうまく使うべきだと思う。

みんなサラリーマンだからコマケーんだよ。

コマケーっていうのは

ぜったいそれはいい作品を作るのとは逆のベクトルをもってる。

(作り上げる段階での細かさは必要だろうけどね)

断言。

コマケー社会にはコマケー作品しか作れねぇんだよ。

 

愚痴言ってすっきりしたんで台本書こっと。

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