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2008/04/13

庭劇団ペニノ「苛々する大人の絵本」

刻一刻とわが公演本番が近づく中

最後の稽古休みが昨日あり

夜、庭劇団ペニノのアトリエ「はこぶね」公演

「苛々する大人の絵本」

を見に行った。

 

ちなみに、このアトリエ、

知る人ぞ知る・・・

ペニノの主宰タニノクロウさんちの自宅・・・いまは単に稽古場のようだが・・・である。

自宅と思って侮るなかれ

ここまで徹底して改造してあることに

見るものは驚くだろう。

 

前回、僕がこのアトリエに足を運んだのは

「小さなリンボのレストラン」

だった。

 

今回、当日パンフレットにタニノさんの「ごあいさつ」なるものが載っていて

このようにパンフに文章を載せるのは学生時以来と書いてあるように貴重なものなのだが、どうやらこのアトリエ公演も今回が最後になる可能性が高いと書いてあり、これもまた貴重な公演と言うことになる。

この貴重な公演空間がなくなるのは、実に残念だが、ぼくは2度も見られたから満足だ。

もし「はこぶね」に足を運んだことのない者が、この文章を見て、興味を持って見に行こうと思っても、すでに遅い。

全席ソールドアウトらしい(1回の席数は30席に満たない・・・だってなにせ自宅なんだもの)。

 

チケットを持っていない人は、

残念だが、ペニノを見るのをあきらめて

僕らの番外公演を見に来るがいい。

同じ渋谷でやってるので。

 

・・・とは冗談(ペニノと僕らはまったく異質だからね)。

 

2008年と言う時代を

演劇とともに体にどうしても刻みたい人は

あきらめることなく

なんとかコネ、金、あらゆる物を使って、

このアトリエ公演を見ておくべきだろう。

 

昨年のタニノさん演出「野鴨」

その確かなストーリーテリングと

圧倒的な空間創造にほんとうに驚かされた。

(この公演を機にわが友人野平氏は残念なことにペニノを去ることになったが)

 

だが、あのような作品を打ち立てる前提と言うか「前庭」がある。

それは何かと問われれば、今回のような公演・・・

タニノさんが普段の公演で、

「物語の条件をふんだんにそろえた空間における徹底的な非物語表現の探求」

を行っていることなのである。

それがすばらしい体力になっている。

その体力があるからこそイプセンをねじ伏せることができるのである。

そう思う。

 

わかりづらいのでもう少し考えてみる。

タニノさんが興味を持っているのは・・・

それは

おそらく「場」の表現である。

「場」というのは

まさに庭劇団の「庭」と置き換えてもいいが

物理学的に言うと「場」は・・・

あの微分方程式を図面で描くときにある

天気予報図のような等高線のような

おたまじゃくしのように「→→→」がうじゃうじゃしている・・・

あの「場」のことである(ベクトル場?)。

 

普通の演劇・・・つまりストーリー(=物語のプロット)を重視する演劇は、言ってみれば、その微分方程式に一つの「初期値」を与えたときに起こる点の軌跡、すなわち「一本の曲線」に興味がある。

だが、タニノさんは、「初期値」を与える以前の、「場」にこそ興味がある。に違いない。

だから、今日僕が「苛々する大人の絵本」を見て感じたのは・・・というか「苛々した」のは、これでは毎日違う物語を上演できるじゃないか(!)ということなのである(ちなみに「苛々した」のは悪い意味じゃないよ)。

これは驚くべきことで、つまり、タニノさんは、あそこに、ある等高線図のようなうじゃうじゃした磁「場」だけを作り上げており、毎日の「初期値」は、その日の偶然で、ポトリと置かれるものなんじゃないかと想像されるほどのもの、いや実際そうなのかもしれない。もしそうでないとしても、そういう可能性を残してある演劇・・・つまりペニノの表現するものは、物語という「一本の曲線」ではなく、その「一本の曲線」を無数に生み出す母体となる「場」、その「場」のあり方なのである。

そう考えれば、タニノさんの「野鴨」「ダークマスター」が抜群に深みのある物語として表現されていた理由がわかる。

「野鴨」「ダークマスター」という借り物のストーリーは、単に「初期値」であり、タニノさんの作り上げた微分方程式の「場」にポトリと落とされた点にすぎない。

その物語が深いのは、タニノさんが曲線を追い求めておらず、場の形成という、文字通り次元の高い視点の興味を持っているからに他ならない。

今日、見ていてそのことが天啓のように思いついた。

ペニノに「一本の曲線」を求める者は不満に思うだろう。

だが「一本の曲線」を描くには「体力」が必要だ。

微分方程式で描かれる曲線の束を想像する体力が必要だ。

そういう意味で言うと、ペニノの提供する「庭」もとい「場」は、毎日「一本の曲線」を書くことを求められている僕ら創作家こそが見なければいけない「場」なのであり、作り出さねばならない「場」なのである。と言うことで言うと、もうほとんど庭劇団ペニノは、公共財のような存在なのではないか。それぐらい、創作家と自ら称する者は「ペニノ」を見ておけと。「はこぶね」を見ておけと。そういうことなのである。

うすっぺらい「一本の曲線」ばかりを描いている世の創作家・・・僕を含め、自戒のためにも、こころのどこかに「はこぶね」を。それが大事です。

 

と珍しく熱くなってしまいましたが、

まだまだ今月の26日まであるので

可能なら見に行ってみたほうがいいかも。

あと、うちの番外公演も見に来てください。

うちの今回のはペニノと違ってちゃらちゃらしてますが(あはははは)。

そんなわけで以下の写真は番外公演にも出演する安川結花と桜です。

Yuka_sakura11_2 

Yuka_sakura12_1

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