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2007/09/13

イキウメ「散歩する侵略者」

そもそもリアリティの無い安倍首相という某国元首。

その男が何の前触れも無く突然辞任するというリアリティの無い夜(しかしリアルな夜)に

ぼくは切実で切迫したリアリティのある芝居(しかしフィクション)をみることになった。

青山円形劇場にて。

(以下ネタバレあり)

ある人がいる。

そいつが告白する。

「おれ宇宙人なんだ」

そんな言葉がリアリティを持つはずがない。

だが、この芝居はその言葉に背筋の寒くなるような、そして、胸のキュッと切なくなるようなリアリティをもたせた。

個人的に作者と話したかったのは、脳科学的な認知科学的なそういう裏づけがあるのかということ、ちゃんと有るように見える。それがこのあるはずも無い話のリアリティを増している。いや、そういうことじゃない。たとえ、科学的な裏づけが無くても、有るかのように見える、確かな洞察で綿密に編み上げられた脚本。

「概念を奪う」

そんなことが起こりえるはずも無いのに、起こりえるかのように見せる確かな洞察力と、確固たる表現。役者がすごい。いや、演出家なのか。わからないが、その表現が確実なのだ。嘘が無い。嘘が無い嘘。そういう表現だ。

芝居と同時進行的にたくさんの夢を見た。

概念の損失状態はまったくもって痴呆症の症状と似ている。

痴呆症はときに人を無邪気にし、時に人を幸福にする。

所有という概念の損失は・・・やはりそうなるか(笑)

しかし、その「やはり」がとてもリアリティをもっていた。

たとえ1人がある概念を損失しても、他の誰かがそれをカバーしてくれる。

何も怖くない。

そもそも有る一人の中で、概念は多重性がある。

「愛」という概念は、似た多数の概念と重複して存在しており、1つを奪われても、生きることに何の支障もない。それは胃を切除しても胃に至る部位が胃っぽくなり、胃っぽくそれをカバーしてくれるのと似ているだろう。これは芝居では書かれていない。僕自身のメモ。

「禁止」という概念を奪われた男が、さして異なる行動を採らなかったのは示唆的だ。人間は会話の中経験の中で概念を取得するが、よくあるのは、みんなが使っている言葉「***」の意味がわからないが、なんとなく会話の雰囲気なんかで、勝手に「***」っていう言葉は、「*****」のことなんじゃないかと推論して使っているとその推論があたっていたり、また大きく外れてたり、この場合、他人に「おまえ***って別の意味で使ってない?」みたいに聞かれたりして赤っ恥をかく。「禁止」という概念はわからなくなっても、「禁止」ぽいことが機能していた周辺の文法なんかは生きているわけで、つまり概念を奪っても、それが明らかな欠如として映らない。そんなときもあるわけだ。

最期に、戦争をなくそうという「思い」があふれ出してしまったのはこの芝居の蛇足だと思う。その前の積み上げてきたものをもう少し信頼してもいいだろう。

むしろ「愛」の概念を所有する人間が「戦争」を引き起こすのだ。そのパラドックスを衝いてもよかったのかもしれない。「愛」という概念を持たぬ宇宙人が「愛」を取得したら、戦争と殺戮を引き起こす。その可能性は大だろう。

しかし、この芝居は夫婦愛の物語でもある。「あたしの「愛」を奪って」と妻が言う。これほど切ない場面を見たことは無い。

フィクションがリアルを越えた夜。

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