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2007/09/10

innerchild「アメノクニ/ヤマトブミ」

千秋楽を見てきました。

innerchild(インナーチャイルド)については名前を聞いており

いつか見ておかないといけないなと思っていて今回衝動的に見てきました。

進藤健太郎さんが出ていてそこにも興味がありました。

先日、野田秀樹さんと飲んだときにも進藤君の話出ましたしね。

というのも彼が「オイル」出演が決まったぐらいに、僕ら確か旗揚げ公演で、旗揚げに参加してくれた高松くんが進藤くんと友人関係にあって・・・というようなことから間接的に進藤君のことを知っていたというだけなんですが。

古事記や日本書紀をやるというと、それこそ野田さんの「オイル」を思い出すのですが、「オイル」がかなりぶっ飛んでいたのに比較して、このインナーチャイルドはかなりベタでした。

もちろん、第二次世界大戦敗戦、GHQにおける日本占領、憲法の改定と重ねるということはしていたのですが、その重ねること自体に面白みを見出すことはできません。むしろ色々事実に立脚しているのに、それをブレンド+若干の近未来的な味付けをしたことで、この話の設定自体がアナザーワールドストーリーのように感じられ、「十二国記」や「グインサーガ」的なファンタジーという印象を持つ舞台となっていました。それが意図的なのかどうかはわかりませんが、もし、この舞台に入り込めない人がいるとしたら、そのアニメのような設定を見る側に強要してくることでしょうか。設定をちゃんと飲み込んでやれるとこの舞台を楽しむことができるんじゃないかなと。ぼくはかつてアニメお宅であったこともあって楽しむことができました。

野田さんと飲んだときに野田さんが「最近のアニメのような芝居」の話をしていました。

新感線やキャラメルボックス的な芝居のことを言うのだと思うのですが、今回innerchildをみて、ああこの芝居は新感線やなんかよりも強烈にアニメだなと思いました。アニメ的でゲーム的。

しかし何を持って「アニメ的」というのか?

ポツドール三浦さんのやってるような芝居がアニメ的でないのはわかる。

僕らがやっているような芝居はアニメ的なのかどうか。

たぶん、アニメ的かどうかは、閉じているかどうかなんだと思うけど、僕や野田さんはフィクションの設定やSF的な設定を採用しても閉じることはしない。批評性というか、破けというか外部的な視点というかそういうのをもちたいなと思う。これは良し悪しの問題じゃなくて性質というものなんだろうけど。

しかしインナーチャイルドからはそれを感じることはできなかった。心打たれるシーンも多く、また台詞的にも、うまいと思わせられる台詞が少なくなかった。無理やり現代の自分に重ね合わせていろいろ考えようと思えばできる。が、それは無理やりであって、作品自体はそんなことを観客にさせようと思っていないように見える。メッセージ性が無いということじゃない。むしろメッセージがたくさん詰まっている。

自分の中で、いま色々煮え切らないで書いているので読んでいる人も煮え切らないと思うが、なんとなく、こういうことじゃないかと思うのだ。これから言うことは今思いついた暫定的な考えだ。

つまり「アニメ的なもの、ゲーム的なもの」は、
「いまココにいる私」というものから切り離した「世界設定」を用意し、その展開される物語においてもっとも重要視されるのは、その「世界設定」がどのように内的に必然的にあるいはドラマティックに展開していくのかということにあり、その成果も、物語内で回収されることが重要である、ように作られているものである。

一方、そうでないものは、
「いまココにいる私」というものから切り離した「世界設定」を用意しているように例え見えたとしても、その「世界設定」は「いまココにいる私」と密接につながりがあり、またそのつながりについても、観客にそれとわかるように示されており、またその展開される物語においてもっとも重要視されるのは、その「世界設定」がどのように内的に必然的にあるいはドラマティックに展開していくのかということにあるように見えながら、いかに「いまココにいる私」を構造的に描くか、異化するか、批評するかということにあり、その成果は、物語内で回収されるかどうかよりも、「いまココにいる私」の有り様をいかに変革するか、変革へ促すか(その変革がアンチ変革である場合も含む)がもっとも重要であると考えられている、そのように作られているものである。

というように考えられるんじゃないかと。

もちろんエンターテイメントだ。

説教くさく、現在の変革なんかを求める必要は無い。言ってみれば、非「アニメ的なもの」は「いまココにいる私」への還元を求めるという意味で「浅ましい芸術」とも言えるだろう。そして「アニメ的なもの」こそ「純粋芸術」と言える。どっちが好きかは趣味?

なんか良くわからないけど、そんなことを考えさせられたインナーチャイルド初体験でした。

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