9月2日「君といた夏」最終日。
朝11時入り。
「振り出しにもどる」
ちゃんとできたろうか、そう考えながらルデコ入り。
「振り出しにもどる」とは、
みんなには言ったのだけど、初日の朝、ルデコに持ち込んだ那須さんの遺影と向き合っているときに僕の耳元で聞こえた那須さんの言葉だ。
那須さんの声が聞こえた、なんていうと渡来くんは「またまたぁ(笑)」と言うが、ほんとなんだから仕方が無い。
その日の朝も、がらんとしたギャラリーで那須さんはこういったのだ。
「ナベカツ、振り出しにもどったな」
アロッタは創設4年目だ。
「振り出しにもどる」っていうのはあまりいい意味じゃない。
なんだか4年が水泡に帰した・・・そんな意味に聞こえる。
確かに、旗揚げと同じ場所で予算的にもかなり小さな芝居をやる。一番料金の高い農業少女だって旗揚げ公演と同じ値段だ。動員だって、ギャラリーのキャパもあるし、旗揚げ公演レベルのはずだ。今回は宣伝にぜんぜんお金をかけていない。
だから僕の心のどこかに今回の番外公演は悪い意味で「振り出しにもどってるんじゃないか」そういう危惧があって、そういう僕の思いが那須さんの言葉として、僕の耳に聞こえたのかもしれない。僕には映画の仕事があって、こんなところで「振り出し」にもどってる場合じゃないんじゃないのか?そう、どこかで僕自身が思っていたのかもしれない。それが那須さんの声となって聞こえた・・・。
しかし、そうじゃない。振り出しにもどったわけじゃないんだ。
そう信じたい。
そういう気持ちが僕の中にある。
なので、僕は聞こえた那須さんの声に向かって即座に反論した。
「そういうことでも無いんじゃないかと・・・思います・・・」
だが、その返事は強く主張できるようなものではなかった。
僕自身、心が揺らいでいるのだから。
ほんとうに振り出しにもどってしまっているのかもしれない・・・
そう、どこかでおびえている・・・
しかし、那須さんがその動揺する僕に返した言葉は僕の想像を超えた言葉だった。
那須さんは次にこう耳元でささやいたのだ。
「人間てのはな、なかなか振り出しにもどれねえもんなんだな」
その言葉、那須さんの言葉は僕の中で僕が勝手に作った言葉かもしれないが、それでも僕は那須さんの言葉に、目からうろこが落ちたような気がした。
「人間なかなか振り出しにはもどれない。なのにもどれるお前らは偉いよ」
そういう意味で、那須さんは、那須さんが生きていた時と同じように僕と僕らをほめてくれたのだ。
その朝の那須さんの言葉を聞いて、大いに胸を張って「振り出しにもどる」それが僕の、僕らの、今回番外公演のテーマになった。
それから5日の公演が終わり、最終日の朝。
ちゃんと「振り出し」に戻れただろうか、僕は自問自答しながらルデコに入った。
「おはようございます!」
みんなが時間にそろっている。
受付の準備をしている。
会場を掃除している。
発声練習をするもの。
コントの掛け合いの確認を最後の最後までするもの。
芝居の台詞を最後まで直すもの。
今回公演ではじめてやった音響や照明のプラン確認に最終日まで血眼なもの。
客入れ客出しのスムーズで失礼の無い段取りを考えているもの。
芝居に出ながらも音響やったり照明やったり会場整理をやったり物販をやったり・・・普通役者は役者に専念したいからスタッフワークを任せると不満を抱くのがパターンなんだけど、誰もそれに不満を抱かないでやっている。不満を抱かないどころか、楽しんでいやっている。
スタッフキャストみんながみんな連日のハードなスケジュールにもかかわらず生き生きと目を輝かせている。
楽しい。
「芝居が大好き」
ただそれだけ。
そこに戻ってきた。
僕たちはそこに戻ってきた。
「芝居なんかをやってる人間は狂っている。
あれは一種の治らない病気だ。」
日本銀行を辞めるときに上司にそういわれて止められた。
その通りです。
その狂気に罹患した者だけが映画を作り演劇を作る。
僕らはそんなところに立っていたのだ。
そこに戻ってきた。
僕らはちゃんと「振り出し」に戻ってきたのだ。
そして僕は微笑む那須監督の遺影に向かって言った。
「イェイ!(遺影)」
・・・・駄洒落かよ!
不謹慎で申し訳ないm(_ _)m