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2007/04/16

小説を書く

ぽつぽつとまたやらなければいけないことが増えてきた。
その中でも一番いまやらなければいけないのは小説を書くことだ。

そもそも僕は小説家になりたかった。
小さい頃の思い出である。

実際、小学生の頃書いていたのは小説で
伝奇小説と政治小説の合体したようなものを書いていた。
どんなものを書いていたかというとちょっと大人びていて「中国での反共産革命を支援しているのが日本の政府で、その政府が第二次関東大震災で瓦解して逆に中国のあやしい呪術師たちの攻撃にあう」というような小説を小学校、中学校と書いていたwww。
あと実は漫画アニメ部で、漫画も描いていた。
いま駒沢大学で教鞭をとっている吉村誠と2人で競作をしていた。
僕がキャラクターとキャラクター設定を作り、吉村がメカのデザインとかをしていたwww。
装甲騎兵ボトムズとか漫画版風の谷のナウシカとか聖戦士ダンバインとかの影響をもろに受けていた。
高校のときは西行法師の話を小説風に書いて授業で発表した思い出がある。
家にあったキャノワードかなんかで書いた。
断片的な思い出で、いまやそれがどんな文脈で生じた事態なのかは忘れてしまったけど。

それが夢の遊眠社・・・野田秀樹さんに会って演劇の方向に変わった。

はじめての戯曲を書いたのは高校一年のときだった。
手書きで書いており、内容といえば、二つの話がオーバーラップして進むと言うもので、その一方の世界が修学旅行の少年たちの世界(遊眠社お得意の)で、彼らはいたずらっ子で、夜に宿舎を抜け出すと、置かれた仏像たちの間であそぶのだが、もう一方の世界は、その仏像たちが生きて動き出す世界で、逆に少年たちは置物として固まるのだけど(これは野田さんのキルみたいだが、ちなみに僕のほうが野田サンよりも先に考えていた(笑))、この仏像たちが演じるのは、義経と頼朝の骨肉の争いの話し、そして義経と静御前の愛の話なのである。それが少年たちの話とシンクロして・・・みたいな話を書いて、「なんだ野田秀樹の芝居って俺でもかけるじゃん」なんて思っていたのが高校一年のときだ。

しかし、話はまた二転三転し、僕は大学に入ると経済学と言う学問が大好きになってしまった。ほんとうは、京都大学に入って、西の野田秀樹になる・・・なんて思っていたわけだが、演劇はどこ吹く風で、まるっきり経済学に打ち込んでしまった。

で、日銀に入る。

理由は、経済学の解くべき問題の中心が、いかにしてモラル=信用を維持するかという問題に集約されると考えたからで、それは端的に、貨幣価値、信用秩序を維持する場所=日本銀行に他ならなかったからだ。そのことには僕の天皇制に関する問題意識も強く絡んでおり、日本銀行以外の就職場所は考えられなかった。ふつう色々と就職活動を行うものであるが、僕はどう考えても日銀以外を受ける理由が見つからなかったので、日銀に採用されるあても無いが受けることにしたのであった。今となってみれば、あれが不採用だったら僕はどうしていたのだろう・・・。とは思うけど、結局やめたので関係はないけどね。

で、日銀に入って、仕事のストレスもあり(楽しくはあったのだけど)、小説を書くことに逃避を始めた。これは小説たるもの「かくあらねばならぬ」的なモノで、あまりにも肩肘を張って書いたものであって、世に出すことにはならなかった。しかし、最初に書いた半分私小説の「貨幣」という、まあ、タイトルも肩肘張っていて笑えるのだが、これはたまに読むけど、僕は好き。だけど、どうも言葉遣いが難しい。それが肩肘張ってる感をかもしだしているのだけど、これをやわらかくすれば何とかなる代物かもしれない。ただし「純文学」を目指したのでめんどくさいと言えばめんどくさい。

その後、日銀をやめ、劇団をはじめるが食えず、流れでNHKハイビジョンサスペンスのプロットを書き、三枝建起さんに褒められ、その気になり、東映デビルマンに参加して那須博之監督と死ぬほど懇意になり、そしてアロッタファジャイナの創設、木村さんとの出会い、楳図さんとの出会い、成田さんや平田さんとの出会い、TBSの大木さんとの出会い、那須監督の死、金子修介監督との出会い、映画「神の左手悪魔の右手」、TBSの短編ドラマ、総務省のネットシネマ、映画「デスノート」・・・・・という流れでいままで歩いてきている。

そんな流れの果てに
「小説を書きませんか?」みたいな話があったのである。

「偽伝、樋口一葉」が終わったあとだったけど。
これは願ってもいないお話。
楽しんで書きたい。
僕のもっとも書きたいと思っていた類の小説がかけそうだ。
それは小学校の頃に書いていたような小説。
小説家とか純文学とか肩肘を張らずに、本人が面白いから書いていた、それだけの小説。

・・・・なんてブログを書かずに、はやく小説書けよ。
そういう声が聞こえてきそうなので、書きます。

ひとまず現在、東浩紀「ゲーム的リアリズムの誕生」を読んでいます。
これすごいよ。
前作「動物化するポストモダン」は那須監督と僕の共通の知識となっていたけど、いま那須さんがこれを読んだらなんていうだろうか。なんて考えながら読んでいる。

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コメント

小説ですか...。
それは嬉しい。楽しみです。

役者の肉体とか、公演の時間とか、お金とか大人の事情とか(笑)...そんなものをすべてとりはらったマツガエワールドを一度見てみたいと思ってたのですわ。
多分、現時点でまだ一番自由度の高いメディアですから、存分に暴れまくって楽しいものを待ってます(^^)/

投稿: 猫ぴ@もか組 | 2007/04/17 10:52

猫さん
コメント放置すみませんっ!

小説楽しみにしててくださいね。
ただ「大人の事情」はどこにでも着いて回りますのでw
とくにメディアに乗るやつは、小説といえども同じです。

そういう意味でもっとも自由なメディアはブログなんですが、これでさえ自己規制を考えると「大人の事情」はある。

「大人の事情」のないものはないんじゃないですかね。大人なんだから仕方ないかもですね(笑)

投稿: まつがえ | 2007/04/28 19:35

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