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2007/04/30

鈴木勝秀演出「写楽考」

見てきました「写楽考
うちの野木太郎安川結花も感想を書いているので
そちらも見に行ってやってください。

つうか、前評判悪かったよね。
太郎と結花は役者の見地から感心しているけど
それでも「さらっとしたテイスト」とか「静かな印象の舞台」と書いているよね。

実際、「えんげきのぺーじ」で感想を拾い読むとかなり辛口の評価がつづく。

で、ちょいと不安になりながらも見に行く。

正直僕は感動したし、これをつまらない芝居だと言うのはよくわからない。

パンフレットを開き
蔦屋重三郎を演じた西岡徳馬さんのインタビューを見ると
こんなことが書いてある。

「改めて台本を読み直してみて、やはりよくできた芝居だなと思いました。最近、こういう芝居が少なくなりましたよね、派手な動きが無い本当の台詞劇というものがね」

この芝居を多くの人がつまらないとか思うのは、きっとこれがかなり純粋な台詞劇なのだからではないか。

台詞劇は、言葉で世界を作り、劇的な真実を積み上げていく
だから観客はぼーっと見ているだけでは、奥地には行けず
何を話しているのか聞き取ろうとかなり頑張らなくてはついていけない。

 ( 面白いのはこのことを如実に表すように
  見に行った僕のツレは始終身を乗り出して芝居を見ていた。
  身を乗り出して話を聞こうとする人だけに聞こえる物語なのだ。
  もちろん、後列の人の邪魔にならないように )

さらに、今回の芝居の難しさは
この「身を乗り出して話を聞こうとする人だけに聞こえる」台詞劇ということプラス
書かれている内容が歴史的なことであるということがある。

つまり見る者が、写楽とその周りにいる人物の置かれる状況について
ある程度の知識を持っていなくてはこの芝居を面白いと思えない
面白いと思えても、その面白さが半減してしまうということにある。

もちろん、今回の芝居の本質は、「写楽うんぬんの史実」から離れても十分受け入れられるものであるけれども、「写楽うんぬんの史実」をもってその「言いたいこと」を描いたということは、当然、「言いたいこと」は言いたいこととして、「写楽うんぬんの史実」がちゃんとした史実であることが重要だったのであり、つまり結局、「写楽うんぬんの史実」を知らないと、作家、矢代静一が、この芝居「写楽考」で描こうとしたものをすべては受け取れないということなのだと思うわけです。

つまり、今回の「写楽考」は、

(1)「身を乗り出して話を聞こうとする人だけに聞こえる」台詞劇であるということ、

(2)「写楽うんぬんの史実」をある程度知っている人が興味を持てる部分の多い歴史劇であったということ

の2点においてハードルが高く設定されてしまったと言えるんじゃなかろうか。

つうか、実はこの芝居の鑑賞ハードルをあげているのは、これだけではなくて、思うにあと二点あって、

それはまず、この話が、ある面だが、「芸能」の話だからである。
芥川龍之介の「地獄変」のような研ぎ澄まされた図式的な配置は無いが、写楽と歌麿の対立やそれら芸術と対峙する商売人蔦屋の存在は、芥川龍之介が言うような「芸術の為の芸術は、一歩を転ずれば芸術遊戯説に堕ちる。人生の為の芸術は、一歩を転ずれば芸術功利説に堕ちる」というような問題を浮き彫りにさせる。

が、そんな問題は芸能芸術にかかわる人間でなくてはあまり関心の無いことなのではないか。僕はたまたま映画や演劇に関わっているが、そうでない人には、書きたいものを書くか、売れるものを書くかみたいな問題は、「ふーん、そうか」ぐらいのことじゃないのかな。

だから

(3)「芸術家の在り様」という普遍化しづらい問題を主題の1つにもってきた教養度合いの高い劇であったというとこ

そこでもこの芝居は敷居が高くなってしまう。
観客のほとんどは芸能や芸術を生業とはしていないだろうから
そこで観客が(3)の問題をクリアするには、芥川龍之介的な「芸術家の理想と現実問題」を理解する素養と理解力と教養が必要になるからである。

ちなみに、僕と一緒に行ったツレは、同業の人間だったので、ちょうど「写楽考」を見る前に、似たような話をして昼飯を食っていたから、舞台を見て、「おお、さっきの話とシンクロしている・・・」と思ったわけで、それは観劇後ツレにも話したら同じことを言っていた。つまり、芸能芸術(学芸をふくめ)に関わるような人でないと食い込みづらい設定の舞台であったということは言えるのじゃないだろうか。

そして厄介なのはもうひとつの問題。

今回、鈴木勝秀演出「写楽考」は、矢代静一さんの「写楽考」のいくらかをカットした台本を使ったらしいが、その問題である。

2005年にマキノノゾミさんが演出したときには、矢代静一さんの原本のままだったらしい。

僕はその公演を見ていないが、その公演を見た人のブログを読むにつけ、マキノノゾミ演出の「写楽考」を見ている人は、そのときと比較して、今回の鈴木勝秀「写楽考」が若干物足りない的な発言をしているのをいくつかみた。

そして、マキノノゾミ「写楽考」が、スズカツ「写楽考」に比べて面白かった理由は、「ロック・ミュージックや映像を使用したり、エンターテイメントとして成立した」ものだったからとか、「大衆的な笑いもふんだんにあった」からだとかの記述に出会うことができます。

これは、上記に指摘したいくつかの要素(①台詞劇、②歴史劇、③芸術論)からこの「写楽考」という芝居が食べづらいものであるとの認識から、料理人である演出家が、食べやすいものに変えた苦労のあとなのかもしれないが、もし、これらのエンターテイメント部分が矢代静一さんの原本にあり、それを鈴木勝秀さんが削ったというなら、それは、より問題を研ぎ澄ます作業をしたのであり、非難されるべきことではないのだろうとも思う。

台詞劇をより台詞劇に・・・そう研ぎ澄ませるために、「ミュージック」や「映像」や「大衆的な笑い」をそぎ落とした。

それは当然、作品を食べづらくするが、しかし、矢代さんが「写楽考」で扱おうとした問題をより直截に表現するものへと変える作業であったのだと思う。しかし、それはやはり理想主義的に過ぎてしまい、西岡さんが言うような本当の台詞劇が少なくなったのは、需要側である観客の変質が大きいのであり、それに身を寄せ、ある意味媚びて「ミュージック」や「映像」や「大衆的な笑い」を足したマキノノゾミ「写楽考」はまさに歌麿的「写楽考」であり世間に早々と受け入れられ、・・・・つまり観客に食べづらい食べ物を供したの鈴木勝秀「写楽考」は、まさにここで、自分の好きを通した写楽につながり、それは早い時期には時代に受け入れられずに孤立する・・・そのあり方からして「写楽考」に描かれた写楽的な「写楽考」なのである。(「写楽考」において歌麿と写楽の関係はそんなに簡単には書かれていないけど)

いみじくも演出の鈴木勝秀さんはパンフレットに書いている。

「矢代も写楽に似せて矢代自身を書いたのだ。つまり、写楽を考えながら、自分を考えたということである。・・・(中略)・・・何かに似せて自分自身を描く-個人的には、「写楽考」を考えながら、自分自身を見つめなおしている今日この頃である」

つまり、矢代が写楽に身を寄せて「写楽考」を書いたように、演出家鈴木勝秀は矢代「写楽考」に書かれた写楽に身を寄せて「写楽考」を演出したのである。それは「ミュージック」や「映像」や「大衆的な笑い」を身にまとい、観客に迎合することではなく、台詞劇という矢代が思い描いた、あるいは鈴木勝秀自身の好きを強引に表現することだった。

そういう意味で、「ミュージック」や「映像」や「大衆的な笑い」をそぎ落とした「写楽考」をここに発明したことは、芸術的な成功ではあった。

しかしネット上の評判が芳しくないところを見ると、この写楽的な「写楽考」は、まさに写楽的であるがゆえに、世間から評判を得るというような貨幣的な成功をもたらさなかったというように言えるのかも知れない。

とは言うものの、それこそまさに写楽考にふさわしい展開と言える。

だから「えんげきのぺーじ」や他のblogによる今回の芝居の不評はむしろ今回の芝居が研ぎ澄まされた「写楽考」であったから生じるもので、むしろそれでいいということなんじゃないかと思う。

おしむらくは、その研ぎ澄まされた「写楽考」をきちんと受け入れられるような時代ではなかったということで、「写楽考」の写楽の台詞にあるように、「なんとも間の悪い」ことだなあと、つまり、鈴木勝秀「写楽考」は、あまり評価をされない自分というものを、ちゃんと内部に描いて自覚的(批評的)である・・・今回の「写楽考」は取り巻く時代構造までを反映した巨大な時代批評になっている。というのが僕の感想。

間の悪い写楽が晩年ふいに世間に受け入れられたように、この研ぎ澄まされた「写楽考」の思想を受け止められる時代がいつかくるのかな。とりあえず、現在が、そういう時代でないのは確かで、そのことさえ描いている鈴木勝秀「写楽考」は実に批評性の高い作品だということができるだろう。

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2007/04/29

松岡錠司監督「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」

昭和天皇の誕生日です。万歳。
というわけで先日みてきました。

松岡錠司監督
『東京タワー  オカンとボクと、時々、オトン』

いや、この映画に否定的な宮台さんのblogみてから、
この映画についてなんて言おうかなんて考えちゃいましたけど
ぶっちゃけ正直、泣きっぱなしだった僕です。

松尾スズキさんが脚本なんだけど
いい意味で、監督が脚本家を裏切っている気がしました。

松尾スズキさんは、いつも思うんだけど、
すごいピュアピュアな人で、
でも激しく照れ屋でもあって、
だから、いろいろ照れ隠しで塗ったくって
ピュアピュアな叫びを塗りつぶしちゃおうとするんだけど
でも、何がいいって、やっぱりピュアピュアな叙情の部分だと思うんだよね。

今度の松尾さんの新作も
「ドブの輝き」
なんてやけっぱちなタイトルだけど
ここで
「輝き」
というところが松尾さんのピュアピュアな部分をあらわしていて
「ドブの」
というところが照れている部分で・・・

つまり、松尾スズキという作家は
一貫して叙情的でくさいほどピュアピュアだということ。
もちろん作家性は「いいたいこと」なんかではなく「文体」にあるとよく言われるように、松尾さんを松尾さんたらしめているのは、「照れ」の部分なんだろうけど、でも、やっぱり僕には、「ピュアピュア」+「照れ屋さん」が松尾さんなんだと思う。だから、「ドブの輝き」ってタイトルを見て、ありゃりゃまんまじゃん、と思ったわけです。

で、松岡錠司って監督は
この松尾さんの「ピュアピュアな部分」を、「照れ」をはずしていって(松尾さんの戦略は無視して)どかんと表現しているわけです。

思うに
「照れ」な部分というのは、より「演劇的」な部分で
というのも、「映画」と違って「演劇」は客前で演じるから
より「照れ」てしまう。
だから、演劇の脚本は、映像の脚本よりも激しく本音をテレで覆い隠している。
隠さないとバランスがとれない・・・
んじゃないかと思うわけです。
クドカンのシナリオなんかも良い例だよね。
ふざけすぎ・・・と言われるほど照れ隠しが激しい。

で、松尾さんの初稿を買ったわけですよ。
「東京タワー」のシナリオね。
映画用にカットする前の4時間半あるやつ。
これね、なんで4時間以上もあるかというと
やっぱり、あんまりにも東京タワーの本質が
臭すぎるし恥ずかしすぎるし・・・
て、とこなんだと思う。
もうファーストシーンから映画ではカットされている笑いがふんだんに描かれている。
すべては「ピュアピュア」を隠すための「照れ」。
しかし「照れ」っつうのは映画では演劇ほど必要じゃない。

つまり

松岡さんは、松尾さんの書いた「照れ」(演劇的自意識)をどんどんそぎ落とし
むしろ、松尾さんのピュアピュアな部分を誇張して演出している。
シナリオではさらりと書かれているところを
間を取って、感動的な音楽を流して追い討ちをかけ・・・
だからもう涙腺の弱い僕は号泣ですよ。
松尾さんが元来持っている映画的なピュアピュアを
松岡さんが見抜いて誇張した・・・。

だから、ぶっちゃけ良い映画になったのだと思います。

オダギリジョーさんや松たか子さんだから当たっているというのじゃない。
いい話だし、演出がべたなんだけどベタ過ぎず、だからヒットしているし良い映画なんだと、宮台さんの意見はふうむと思うけど、でもやっぱ良い映画だなと思う。
でも、これを演劇にするときはやっぱりもう少し「照れ」が必要とは思うけど。
(実際舞台化されるらしいけどどうなるのかな)

あと見ていてうれしかったのは
小劇場系の役者さんたちがたくさん出ていたこと。
安藤玉恵さんとか江本純子さんとか吉本菜穂子さんとか。
そんなんで嬉しくなるのはやっぱ僕も小劇場系だからなのかな。

それからラストシーンで
オダギリジョーさんと松たか子さんが東京タワーに上るんだけど
エレベーターガール、うちの安川結花ですから(笑)
横顔となんか「**階でございます」的な台詞を言っているからすぐわかります。
結花ファンは確認してみてください。
ちなみにそのシーンには、うちの藤澤よしはると、最近、秦建日子さんところに寝返った斉藤新平が映ってるらしいが、確認には至らず。

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン@映画生活

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2007/04/28

結花と芝居

またしてもblogごぶさたしてます。
いろいろあったのですが
今書くと今更な感じなので
今日は昨日見に行った芝居のことを。

安川結花に誘われて
安川結花の後輩たちが演じる

日本映画学校21期2年俳優科演劇公演
「今夜すべてのBARで」

をみてきました。

先日、ある学校の卒業公演を見てうんざりしたので、
あんまり乗り気ではなかったのですが
結花が僕をさそうというのも珍しいし
その珍しい結花がさそってくれた芝居をこの前ドタキャンしてしまったし

ということで、
今回は結花への義理から
「行かねばならぬ」
という気持ちで行きました。

まあ、学生演劇となめていたわけです。

ところが、です。

これ、なかなかの作品でした。
もちろん中島らもさんの原作が面白い・・・
のかもしれませんが
これを舞台に上手にしている。

期待しなかったのに
役者は結構面白く
いますぐどうこうではないが
磨けば明日の日本映画界をちゃんと担ってくれるような人材がかなりいました。

さすが「日本映画学校」と。

僕が気に入った役者さんは・・・
語り部の・・・田中意志人くん
主演の・・・宮川広平くん
ヒロインの・・・江口愛さん
美少年役の・・・三浦城大くん
変な医者役の・・・堀晃大くん
やくざ役の・・・古味哲之甫くん

ほかの人もよかったけど、
とりあえず印象の強かった6人。

気になったのはテンポだけ。
話が面白く役者も悪くないのに1時間半が少々長く感じた。

けれども見ものです。
お時間のある方はぜひ見に行ってください。
銀座小劇場で。
当日1200円。
お得です。

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2007/04/16

小説を書く

ぽつぽつとまたやらなければいけないことが増えてきた。
その中でも一番いまやらなければいけないのは小説を書くことだ。

そもそも僕は小説家になりたかった。
小さい頃の思い出である。

実際、小学生の頃書いていたのは小説で
伝奇小説と政治小説の合体したようなものを書いていた。
どんなものを書いていたかというとちょっと大人びていて「中国での反共産革命を支援しているのが日本の政府で、その政府が第二次関東大震災で瓦解して逆に中国のあやしい呪術師たちの攻撃にあう」というような小説を小学校、中学校と書いていたwww。
あと実は漫画アニメ部で、漫画も描いていた。
いま駒沢大学で教鞭をとっている吉村誠と2人で競作をしていた。
僕がキャラクターとキャラクター設定を作り、吉村がメカのデザインとかをしていたwww。
装甲騎兵ボトムズとか漫画版風の谷のナウシカとか聖戦士ダンバインとかの影響をもろに受けていた。
高校のときは西行法師の話を小説風に書いて授業で発表した思い出がある。
家にあったキャノワードかなんかで書いた。
断片的な思い出で、いまやそれがどんな文脈で生じた事態なのかは忘れてしまったけど。

それが夢の遊眠社・・・野田秀樹さんに会って演劇の方向に変わった。

はじめての戯曲を書いたのは高校一年のときだった。
手書きで書いており、内容といえば、二つの話がオーバーラップして進むと言うもので、その一方の世界が修学旅行の少年たちの世界(遊眠社お得意の)で、彼らはいたずらっ子で、夜に宿舎を抜け出すと、置かれた仏像たちの間であそぶのだが、もう一方の世界は、その仏像たちが生きて動き出す世界で、逆に少年たちは置物として固まるのだけど(これは野田さんのキルみたいだが、ちなみに僕のほうが野田サンよりも先に考えていた(笑))、この仏像たちが演じるのは、義経と頼朝の骨肉の争いの話し、そして義経と静御前の愛の話なのである。それが少年たちの話とシンクロして・・・みたいな話を書いて、「なんだ野田秀樹の芝居って俺でもかけるじゃん」なんて思っていたのが高校一年のときだ。

しかし、話はまた二転三転し、僕は大学に入ると経済学と言う学問が大好きになってしまった。ほんとうは、京都大学に入って、西の野田秀樹になる・・・なんて思っていたわけだが、演劇はどこ吹く風で、まるっきり経済学に打ち込んでしまった。

で、日銀に入る。

理由は、経済学の解くべき問題の中心が、いかにしてモラル=信用を維持するかという問題に集約されると考えたからで、それは端的に、貨幣価値、信用秩序を維持する場所=日本銀行に他ならなかったからだ。そのことには僕の天皇制に関する問題意識も強く絡んでおり、日本銀行以外の就職場所は考えられなかった。ふつう色々と就職活動を行うものであるが、僕はどう考えても日銀以外を受ける理由が見つからなかったので、日銀に採用されるあても無いが受けることにしたのであった。今となってみれば、あれが不採用だったら僕はどうしていたのだろう・・・。とは思うけど、結局やめたので関係はないけどね。

で、日銀に入って、仕事のストレスもあり(楽しくはあったのだけど)、小説を書くことに逃避を始めた。これは小説たるもの「かくあらねばならぬ」的なモノで、あまりにも肩肘を張って書いたものであって、世に出すことにはならなかった。しかし、最初に書いた半分私小説の「貨幣」という、まあ、タイトルも肩肘張っていて笑えるのだが、これはたまに読むけど、僕は好き。だけど、どうも言葉遣いが難しい。それが肩肘張ってる感をかもしだしているのだけど、これをやわらかくすれば何とかなる代物かもしれない。ただし「純文学」を目指したのでめんどくさいと言えばめんどくさい。

その後、日銀をやめ、劇団をはじめるが食えず、流れでNHKハイビジョンサスペンスのプロットを書き、三枝建起さんに褒められ、その気になり、東映デビルマンに参加して那須博之監督と死ぬほど懇意になり、そしてアロッタファジャイナの創設、木村さんとの出会い、楳図さんとの出会い、成田さんや平田さんとの出会い、TBSの大木さんとの出会い、那須監督の死、金子修介監督との出会い、映画「神の左手悪魔の右手」、TBSの短編ドラマ、総務省のネットシネマ、映画「デスノート」・・・・・という流れでいままで歩いてきている。

そんな流れの果てに
「小説を書きませんか?」みたいな話があったのである。

「偽伝、樋口一葉」が終わったあとだったけど。
これは願ってもいないお話。
楽しんで書きたい。
僕のもっとも書きたいと思っていた類の小説がかけそうだ。
それは小学校の頃に書いていたような小説。
小説家とか純文学とか肩肘を張らずに、本人が面白いから書いていた、それだけの小説。

・・・・なんてブログを書かずに、はやく小説書けよ。
そういう声が聞こえてきそうなので、書きます。

ひとまず現在、東浩紀「ゲーム的リアリズムの誕生」を読んでいます。
これすごいよ。
前作「動物化するポストモダン」は那須監督と僕の共通の知識となっていたけど、いま那須さんがこれを読んだらなんていうだろうか。なんて考えながら読んでいる。

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2007/04/15

エドワード・ズウィック監督「ブラッド・ダイヤモンド」

映画を見た。
映画館で見た。
昨年の暮れから
偽伝、樋口一葉」、
1999.9年の夏休み」と舞台で忙しく
ようやく映画を見るくらいには時間が作れたということです。
だいたいおかしいよね。
12月に舞台やって4月にまた舞台、しかも新作、しかもかなりチャレンジな舞台。
それは余裕なくなりますって。

で、千秋楽で飲み明かした次の日
夜に映画見に行きました。

ちょうど、その日は夜21時から
映画「1999年の夏休み」ファンサイト「Angel House」さん主催で
舞台「1999.9年の夏休み」の感想などを見に来てくれた人たちと僕や出演者が意見交換しあう場としてチャットが開かれることになっていました。

なので、それに参加する出演者数名と
早めに集まって新宿で焼肉を食べつつ
時間前に、近くの漫画喫茶に入り
そこでみんなでチャットに参加しました。

チャットは結構もりあがり
2時間ぐらいやっていたでしょうか。

チャットが終わると
新宿バルト9でみんなで映画を見ました。
エドワード・ズウィック監督作品最新作。
あの「ラスト・サムライ」の監督作品です。

ブラッド・ダイヤモンド

エドワード・ズウィック監督

映画が終わったときは夜中の3時を越えていました。

しかし、そのシリアスで心痛む映画に
僕を含め皆は寝ることがありませんでした。

アフリカを舞台にするその話はいくらか実話を基にしており
その舞台となる年は「1999年」。

おお、舞台とシンクロしちゃってます。
また話も、大人たちの利権や覇権をめぐる構想の間で
子供達が犠牲になり苦しみ暴力に手を染め・・・
というようなアフリカの真実に根ざした話で
僕は子供達の苦しみを思うと泣かずにいられませんでした。

昨年見た「ナイロビの蜂」とはまた違いますが
アフリカの貧困、そして子供達の犠牲・・・
それは同じテーマだったような気がします。
いい映画を、舞台をともにした仲間達と見るのはなんとも楽しい経験でした。

見終わった後、始発が動くまで、新宿三丁目のバーでまた飲みなおしました。

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2007/04/13

ありがとうございました!

アロッタファジャイナ第8回公演
「1999.9年の夏休み」
無事、千秋楽を迎えることができました。

応援してくださった皆様
見に来ていただいた皆様
制作に力を貸してくださった皆様
ほんとうにありがとうございました。

映画「1999年の夏休み」ファンの皆様、
金子監督、成田さん、高間さん、
映画「1999年の夏休み」には無くてはならないあの音楽たちをこころよく使わせてくれた中村由利子さん、
ご自分の活動が忙しい中にも稽古場に何度も足を運んでいただき急な作曲を引き受けてくれたMOKUさん、
白樺の森を考え出し美しい美術を考えてくれたうえに本人も美しい美術デザインの小池れいさん、
その美しい美術をかっちり作っていただいた桜井さんをはじめC-COMの皆様
きっかけを外す役者に切れながらも(笑)、あふれ出すSEで劇場を満たしてくれた音響の筧さん、
いつもながらに天才的な照明で芝居をサポートしてくれたプランナーの柳田さん、オペレーターの長尾さん、
アロッタ初のメイク・ヘアメイクを担当していただき、いろいろな無理を聞いていただいた清水美穂さん、そして毎日本番についていただき、化粧やカツラの早換えに対応していただいた上に、楽しい話し相手として僕らのテンションをあげあげにしてくれた馬渕さん、唐沢さん、
前回に続き、無理難題ばかり言われる中、イメージを外さないどころか、プラスアルファの想像力を喚起する衣裳を用意していただいた伊藤摩美さん、
丸い体でまわりを和ませつつ、仕事はきっちりこなし、演出家のサポートもし、スタッフ出演者が安心して芝居できるように気を使いそして計画し行動してくれた舞台監督の中西さん、
いたれりつくせりの当日制作運営で、プロの仕事をきっちりとこなし、中山と僕を本当に楽にしてくれた制作の三村さんとお手伝いに来てくれた皆、
本人的にも別件の芝居の稽古などが忙しい中、急にステージングの依頼をしてしまい、それを情熱的に受け入れ、熱くて見栄えのするシーンを作っていただいた振り付けの清野秀美さん、
「錆びた少女」、「偽伝、樋口一葉」、そして今回と、僕のこだわり宣伝写真に無茶しつつ完全対応してくれているカメラマンの岩切等さん、
メイキング撮影と編集に追われながらも、毎度のことクオリティの高いオープニングムービーをつくっていただいている新生璃人さん、
それから、4人の美少女の出演を許可してくれただけではなく、宣伝や告知にめちゃくちゃ力を入れてくれた小笠原部長をはじめオスカープロモーションの皆様、
そして、ほとんどメメント的記憶喪失症に近い演出家をささえてくれた演出助手の松島さん、
出演者・スタッフのみんなみんなみんな!
本当にほんとうにほんとうにほんとうにありがとうございました。
もっかいこのチームでやりたい。
ほんとうにそう思える舞台でした。

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2007/04/08

感想

芝居「1999.9年の夏休み」のご感想をお寄せください。

たとえば、
えんげきのぺーじ

CoRich舞台芸術
などに書き込んでいただくか
ご自分のブログにご感想をお書きいただき
この松枝ブログ1999.9ブログにトラックバックください。
よろしくお願いします。

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なんと本物

舞台「1999.9年の夏休み」情報。

2日が過ぎ、公演もあと残すところ5回
全然まだまだ芝居は伸びます。
いままでは昨日の昼公演が一番良かったかな。

当日券あるのでぜひぜひ見に来てください。

昨日は中村由利子さんが来てくれました。
中村由利子さんと言えば
映画「1999.9年の夏休み」のあの美しい音楽を作曲演奏なさっている美女です。
実際にお会いしても本当に素敵な方でした。
やっぱり本物はオーラがちがいます。
芝居のほうも楽しんでいただけたようでほっと胸をなでおろしています。
やはり映画「1999年の夏休み」関係者に褒められると安心します。

ところで「本物」といえば
今回の美術。
16本の白樺を使っていますが
これすべて本物です。
美術の小池れいさんが
富士の麓にわざわざ切り出しに行ってくれました。
(もちろん切り出しは許可を得ていますよ)

ちょっとネタバレになるので言おうかどうしようか迷ったのですが
そんなに隠してもあれですしね。
いわく
「うちの白樺は本物です」
素敵な劇場、すてきな美術で芝居をやれる僕らは幸せです。
ということで今日も幸せをかみ締めに吉祥寺に行ってきます!

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2007/04/06

本番

今日は初日!

うおー。

書いてねー、主宰あいさつ文。

書けるかな、あと30分で。

朗報は金子監督がベルギー行きを一日伸ばしてくれたことだ。

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2007/04/05

ニッポン放送に出ます

えー、寝るの忘れてしまいました。
今日は場当たり、ゲネ・・・というのに寝る時間の無かった演出家Aです。

映画のプロット書いてました。
さきほど無事書き終わったのですけど。

というか〆切を過ぎているものがまだまだまだあるので周囲には大変迷惑をかけています。小説執筆のご依頼も頂いているのですが、まだ何も書けていません。すみません。

それはそうと、とうとうあしたは舞台初日。
で、今日は関係者向けのゲネ。
明日はマスコミ向けのゲネ。
こんなに2回もゲネゲネするのは始めてげね。
あ、寝てないハイテンションで語尾がゲネってしまいましたげね。

それはそうと、今日の夜、
うちのあっちゃん(須藤温子)とゆかちん(本田有花)が舞台「1999.9年の夏休み」の宣伝のためにラジオにゲスト出演します。

ニッポン放送
東貴博のヤンピース
(夜10:00から)

良かったら聞いてください。
つうか前売りかってよねん。
ここクリックでかえるげね。

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2007/04/02

映画もがんばります。

毎日稽古稽古で脚本が書き終わったら稽古時間以外は余裕があるから他の仕事もできると思っていたのになかなか時間が作れなくて多方面にご迷惑をかけています。
今日の夜は時間を作ります。がんばります。映画のほうも。

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2007/04/01

感動の「通し」稽古

本番まであと5日。
blogもなかなか更新する暇がありません。

稽古は昨日、すごいゲストをお迎えして
動きや道具・小道具、衣裳、劇場をイメージした初の通しをやりました。

すごいゲストというのは
映画「1999年の夏休み」の
プロデューサー、監督、撮影監督の御三方です!!

成田尚哉プロデューサー。
金子修介監督。
高間賢治撮影監督。

あれれ・・・
集まって金子さんの第一声。

「あんまり変わりばえしない面子だね」

そうです。
この三人に僕を加えたら
映画「神の左手悪魔の右手」の
プロデューサー、監督、撮影監督、脚本家
です。

また
映画「デスノート the Last name」では
成田さんは違いますが
監督、撮影監督、脚本協力です。

たしかに
代わり映えしませんなあ。

しかし、
昨日は1999年の夏休み同窓会と銘うって
芝居の通しを見ていただいた後
場所を移して吉祥寺シアター1階のカフェで話をしました。
映画「1999年の夏休み」当時の話し
プロデューサーと監督が喧嘩した話し
深津絵里さんらをオーディションしたときの話し
照明と絵作りの話し
映画作りの苦労話
そして、舞台「1999年の夏休み」の通しを見た感想。

本格的な通しは初めてでもあってまだまだなんですが
演出家としてはいままで一番良かった出来なので
3人の感想が気になるところでした。
聞くと
「感動したよ」
「もう着地してるんじゃないの?」
「泣いちゃった」
「あまりに似てるんで撮影当時を思い出したよ」
などという意見意見。

おー!!とキャストともども一安心です。

まだまだ詰めなきゃいけないところ沢山ありますが
うん、前に進める。
そう思えた一日でした。
キャストたちの心も一丸となり・・・

ぜひ見に来てください。
必ずよいものをお見せします!

ということでチケットご購入宜しくお願いします!
こっから買えます→http://www.alotf.com/stage.html

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