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2007/03/27

デスノート制作エピソード

最近は何でもかんでもインターネットで
それはそれでとても便利なんだけど
やっかいなこともある。

僕も昔は辞書を常用して
辞書を読むのが大好きみたいな少年だったわけだが
いまは辞書を開くよりもネットで検索をしてしまう。

で大変便利なのが
ウィキペディア
というものの存在です。

これ何かというと
まあネット辞書というか百科事典なんだけど
その成り立ちがネットらしく
つまりアクセスできるネット上の住人が
みんなでよってたかって辞書の各項目の注釈を書き修正するというもの。

「え、その記述の正しさはどこが担保するの?」

という疑問が湧くが
そんなものはどこも担保してくれはしない。
嘘かもしれないのだ。

ただし、多数の目に触れることによって

「嘘が淘汰されていき、真実のみが生き残る」

ということを信じれば
このネット辞書と言うものは最強の存在なのである。
常に固まることなく更新され続け、辞書は常に最新版だし。

しかし、時間とともに「嘘が淘汰される」ということは
どれほど信じていいことなのか?

このウィキペディアに
デスノート(映画)
という項目がある。

その中に、「製作エピソード」というのがあるのだが
これが間違いなのである。

まず、前編後編2作になることは金子監督にオファーされる前から決まっていた。
つぎに大石さんの初稿を金子さんの要求やプロデューサーや集英社・原作者の意向で変更して行ったのは本当だが、これは撮影に入ってからの変更ではなく、撮影前に、金子監督、脚本の大石さん、日本テレビのプロデューサーの佐藤さん、日活のプロデューサー福田さん、監督補の僕、その他数名が一日12時間を越えるようなほとんど気の狂うような脚本会議を毎週繰り返し、前編後編ともそれぞれ一ヶ月ほどかかって脚本を作っていったのだ。大石さんと監督の間に対立は無かったし、というよりも、監督や僕やプロデューサーが出したアイディアも一旦大石さんに投げて、最終的には大石さんが本を書いたというのが本当なのである。監督は大石さんの立場を尊重していたし、大石さんも監督の意見を良く聞いていたし。もちろん、脚本のどこどこの部分は監督のアイディアで、どこどこの部分は佐藤さんのアイディアで、どこどこの部分は僕のアイディアで・・・というのはあるけどさ。

しかし、ウィキペディアをみると、なんかそう読めない。
これは関係者付近の情報を聞きかじった誰かがしったかぶりをして書いたに違いない。

そのしったかぶりを正すシステムがちゃんと無いと、ネット上の辞書は嘘だらけのものということになり、使用に値しないどころか、使用に値しないのに使用され、つまり嘘がまことのように語られる原因ともなりかねない。それはウィキペディアという画期的なシステムを思うとなんだかもったいない。

ということでデスノート製作エピソードをちゃんと誰かが書き直してほしいなあ。

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