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2007/03/21

1999.9年メンバー紹介2

最近忙しくてblogを書けていなかったら中山が
「blog更新してください!」
と言うから、「1999.9年のメンバー紹介2」を書いていたら
更新するときに、操作ミスをし全部消えてしまった。
すごく気合を入れて書いたのに衝撃である。

しかも何も保存していなかった。
反省。
やり直しである。時間を返して欲しい。
気分を取り直して再度書こうと思う。

まずメンバーで最重要人物を前回書き忘れていた。

それはスーパーバイザーの金子修介監督である。

金子修介…通称、金子さん、金子監督。言わずと知れた日本を代表する映画監督の1人であるとともに、僕にとっては師である那須博之監督の弟分。過去の「正しくも松枝日記」を読んでもらえると分かると思うが、那須博之監督と僕の関係は実の父子よりも濃い関係だった。ひとえに那須さんの人間的魅力に僕が惹かれた。また那須さんも僕のことが好きだったのも確実だ。で、那須さんは僕のようなタイプを魂の弟分のようにする癖が昔からたぶんあり、その第1号が金子さんだったのだと思う。僕は第7号ぐらいじゃないだろうか。で那須さん亡きあと、接近した僕と金子さんは天国に住む那須博之監督を媒介として、なにやら血族的なつながりをもってしまった。那須さんが如何に魅力的な人物か、それは知る者にしかわからない。弟分として可愛がられた者同志でしかわからない。そこが金子さんと僕の、映画監督と脚本家という関係を超えた関係を築く礎となっている。で、那須さんの亡くなった年から、映画「神の左手悪魔の右手」ネットシネマ「希望の党☆」映画「デスノート」映画「デスノートthe Last name」舞台「偽伝、樋口一葉」、そして今回の舞台「1999.9年の夏休み」と2年間に6作品も共同で作るということになっている。ここでは書くことのできない今後の企画や、これまで消えてしまったものを含めれば、普通無いぐらいの濃さで金子監督とは仕事をしていることになる。それを思うと、僕は本来那須監督と生きるはずだった時間を金子監督と生きているんだなあと感じる。今回は、金子監督が20年前に作られた映画「1999年の夏休み」をモチーフにした芝居をやることになった。金子さんとの関係に甘えることなく金子さんの名声を汚さぬような良い作品にしたいと思っている。金子さんは前回の舞台「偽伝、樋口一葉」でもそうだが、気さくに稽古場に足を運んでくれて、金子監督の独特の視点で駄目出しをしてくれる。その指摘は、クリエーターとして尊敬すべき意見ばかりだ。最強の味方である。

と、スーパーバイザーを紹介したところで、ふたたびメンバー紹介。

滝野裕美…通称、タッキー。出演者の追加オーディションをして採用した2人のうち1人。小さくて華奢な子犬のような美女である。ネットラジオ「blue-radio.com」のパーソナリティーであり、「滝野裕美のシアタールーム」なる番組を担当している。そして、実はこの番組、僕の地獄兄貴木村俊樹プロデューサーとか知り合いが沢山お世話になっている。石川均監督熊切和嘉監督、トライネットエンタテインメント株式会社の小林智浩プロデューサーなど。そんな彼女がオーディションに来るなんて奇遇。女優を志望しているんだそうだ。芝居をさせて見ると…悪くない。で、採用。仲間になったということ。彼女を知っている人たちも、普段見られない彼女が見れることになると思う。ラジオパーソナリティーとはまた違った魅力を引き出していこうと現在奮闘中。

中村祐樹…通称、ユウキとか中村。今回の芝居は同名人物が多い。ユウキが中村と新津。ユカが本田と安川。うちはなるべく呼び名を下の名前で呼ぶので、同名人物がこうもいるとちょっと複雑でややこしい。ま、それはいいとして、中村祐樹。彼とは、この劇団を立ち上げる前、僕が日本銀行に勤める頃にやっていた劇団「人気アイテム」の頃からの付き合いである。数年前に、僕が那須監督に引き抜かれ東映に行くきっかけになった舞台「70's~ 恋するジャンヌの想い出原子炉」を下北沢OFFOFFシアターで上演したときも彼と一緒だった。その後、僕が東映に行き、彼は佐藤浩市さんの付き人になった。で、しばらく別々の道を歩いていたが、彼が晴れて佐藤浩市さんの付き人をやめ、ソロとなったときに、僕に連絡をくれ、「マツガエさんと一緒にやりたい」というから、今回の参加となった。数年前とは違うやり方、脚本などに戸惑っているようだが、何事にも一生懸命な姿は昔と変わらない。駄目でも駄目でもへこたれずに色々とアイディアを持ってくるのが彼のいいところ。

ナカヤマミチコ…通称、ミッチ。占い師、イラストレーター、動画編集、HPデザイナー、劇団の制作チーフなどなど多才な彼女。アロッタファジャイナ創設時からのメンバーである。いまやアロッタのもう一つの顔である(大きいほうの)。一番僕の近くにいて、僕のやり方とかそういうのをわかっている。だから、彼女がいないと芝居作りは本当に成り立たないだろう。ありがたいことである。キャラ芝居の飛び道具としても使えるし、しっとりとした演技もできるその幅の広い演技(と幅の広い体)が魅力である。毎回新規メンバーと組むことの多いアロッタであるが、彼女と芝居をやると、やっぱり長く一緒にやっているとツーカーでいいよな、という感じになる。こうして欲しいと言うことが、僕の指示なくして分かっていると言うか。そして僕は彼女に頭が上がらない。那須さんの葬式。そして三回忌偲ぶ会と本当に親身にやってくれた(他の劇団員たちもだけど)。彼女にも彼女なりの那須監督への思いがある。それが伝わるのが本当にうれしい。「仲間」というのは彼女を見ていると、ああこういうもんだなと思える言葉である。

新津勇樹…通称、ユウとか新津。彼もミッチと同じでアロッタ創設メンバー。もともとお笑い芸人を目指していたが演技力をつけると言う目的でうちの劇団に入ってきた。で、その目論見はあたり、彼はめきめき力を付けて、先日、吉本新喜劇への出演が決まった。彼のナチュラルでいてそしてコミカルな芝居は僕が引き合わせた色々な監督にも人気で、まず彼の初出演となる映画「集団殺人クラブ 最後の殺戮」(石川均監督)では、キャスティング時にはなかった役割も足され、できあがりの映画ではコミカルなゾンビ役でかなり重要な役として使われていた。また、その後、僕脚本の映画「ラブレター蒼恋歌」(丹野雅仁監督)でも、主演の石垣佑磨くんの職場の同僚の労働者としてエキストラ出演しているが、彼と石垣くんとの会話がとてもナチュラルだと言うことで、監督が新津のことを気に入り彼のカットは長々と使われている。さらに、今後公開となる映画「赤い文化住宅の初子」(タナダユキ監督)では出演こそしていないものの、オーディションでは、塩谷瞬くんらの相手役をし、タナダユキ監督にも新津の演技は好評で「もうちょっと見ていたい」なんて言わせるほどだった。お笑い芸人と言うのは芝居がうまいが、新津もたぶんにもれずにそうなんだなあと思っていたら、シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション(通称CO2)という自主映画の映画祭で、オープン・コンペ奨励賞を受賞した牛丸仁監督「星男-ザ・スターマインド-」に主演し、なんと、DoCoMo男優賞という主演男優賞を受賞した。そして、3/24、4/15は「ルミネtheよしもと」の「1じ3じ公演」、「4じ6じ公演」の新喜劇に出演することが決定した。がんばれ新津。ぼくも新津に負けないようにがんばろう。

と、長くなったので今日はこの辺で。
蒻崎今日子、野木太郎、三松明人、未來は次に紹介します。

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