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2007/01/28

誕生日の夜

1月27日は僕が父と慕う故・那須博之監督の誕生日である。

で、金子修介監督、TBS大木ディレクター、東映の菊地プロデューサ、そして野木太郎の5人で、那須真知子さんの待つ那須監督の家に行った。途中から野木太郎の父親で、那須真知子さんの弟野木大介さんも参加。

目的は、那須監督の誕生パーティーとそして今度おこなわれる三回忌「那須博之監督を偲ぶ会」のための打ち合わせである。

真知子さんはライターとしても天才的な才能を見せるのに、実は料理の腕前もプロ級。

那須監督の遺影にそれぞれ挨拶をしビールで乾杯。そして那須真知子さんお手製の料理の数々に舌鼓を打ち、那須監督の思い出話に笑う。

この三回忌は、東映株式会社の社長岡田祐介氏の肝いりで、かなり大々的なものになる予定。 今日は、その会をどうやるかの打ち合わせをし、当日飾り付けたりなんかする那須監督の思い出の写真を選ぶために集まったのである。 那須監督らしい会にしたいと皆が考えている。目玉として金子修介監督編集の「那須監督物語」が上映される予定。

真知子さんの極上手料理、仲村トオルさん銘柄のめちゃうまい日本酒、そして那須博之監督の奇想天外な思い出話。那須監督を思い出す皆が笑顔になる。那須監督ってほんとうに魅力的な人だったのである。だから時を経ても皆ますます那須監督が好きなのだ、そんなことを分かり合える素敵な人たちばかりで、ほんとうに楽しい夜をすごすことが出来た。

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2007/01/27

本気モードの宣伝写真

うちの劇団のチラシが話題になることが結構多い。

かっこいいとか言っていただくと本当に本当にうれしい。
毎回1枚の写真を撮るためにものすごく時間と労力を費やしている。
それに選ばれなかったけど素敵な写真が本当に沢山ある。
いつかそういう写真を集めて写真集みたいなのを出したいな。

先日、ぼくらのチラシを気に入ってくれたある劇団の制作の人が、チラシのデザイナーを紹介してください的なことで連絡をくれた。

これも本当にうれしいことなんだけど、実はチラシデザインはどこにも外注していない。
すべて僕のアイディアで、そのアイディアに、プロのアーティスティックな写真家さんのアイディアと腕が加わると、いつものあの宣伝写真になるのである。 だからうちの宣伝写真は、ほんとうに僕の作品制作姿勢を表す本気モードの写真なのである。

で、4月の舞台の宣伝写真をそろそろ撮らねばならない時期がやってきたというか、ちょっと遅いんだけど、出演者のスケジュールを合わせるのが大変で撮影が遅れている。まだ発表は出来ないが、○○○○○○○○○○○でグランプリを受賞した子たちなど○○○○から美少女を4人も出演させていただくことになる。それに、うちの○○を足した5人での撮影、はじめての大所帯での撮影となる予定。

人数が多く、それぞれが忙しいため、スケジュール調整が難しい。
そのため本当は群馬あたりに遠征を考えていたのだが、ちょっと無理な感じになった。
あたりまえのことだが、写真は構図とか映っている人間も大事だが、どこで撮るかがかなり重要なポイントになり、スケジュールのこともあって、ちょっと頭を悩ませていた。

幸い、都内にあるちょっと変わったスタジオを発見。胸をなでおろしている。

しかし、そこで安心は出来ない。
チラシイメージを作り上げるためにも、僕が現場に行かねばならない。

というわけで昨日行ってきた。

現場は本当に素敵で、見た瞬間、僕の中にはあるアイディアが生まれてしまった。

しかし、スタジオの人に聞いてみると、そんな風に使っている人はいない様子。天邪鬼な僕は他の人がそんなふうには使っていないと聞くと、ますますそういう風に使ってみたくなる。イメージが膨らみスタジオの人たちとディスカッション。倉庫から小物を引っ張り出してきて組み立て、ああでもないこうでもない。スタジオの人も、すごく協力的、いろいろサポートするアイディアを出してくれる。なんだろう、とても素敵な人たちで、こんなに協力的なのはうれしい。夕飯も食べずに2時間ぐらい考えていた。かなりまたしてもいい写真が撮れる予感。帰りには雨が降っており、スタジオの人に傘をもらう。ほんとうに素敵な人たちで、そういうのに弱い僕なのである。絶対いい写真を撮ろう。そう誓う僕なのであった。

あと大事なのは衣装。
これは直前に○○と行く予定。
○○は○○○○の美少女達とサイズが近い。
彼女に着させるとイメージにいい。

ていうかこないだ男1人で衣装を考えに女の子洋服売り場に行ったのだけど、女の子服売り場で1人ぼくがあーでもないこーでもないと考えていると気合の入った変態君に見えるので、ちょっといやになって、○○をつれていくことにしたのである。
もうすでにいい服のめぼしをつけてある。
これもまたかなりの出費が予想される。
だって女の子5人分だから、それだけでけっこうなるよ。
で、今回は初めてプロのメークさんをつける。
ここでも費用発生OTZ

しかし、そんだけ宣伝美術に金と時間と労力とアイディアをかけているから、きっと良い作品ができるさ・・・・・・・・・・・・・・と自分に言い聞かせる。

スタジオの写真も撮ってきたので、ここに載せようかと思ったけど、ちょっとネタバレになるのでやめます。楽しみにしていてください。

過去の宣伝写真を見たい人はこちらからどうぞ→これまでの作品

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2007/01/26

ゴキブリコンビナート「ガルガンチュア物語」

千秋楽を見た。
本公演ではなくて、イベントというやつらしい。
感想。

「 ちょーすばらしい! 

てか

「 たのしい!! 

もう、子供の作った手作りの遊園地に行ったみたいでした。
子供の頃、妹と遊んだ押入れの中のような芝居でした。

そして、それでいながら、
ちょっと考えると唸らされるような深みを持った芝居でした。

実はゴキコンを見に行くのは初めてで
これまでは主宰のDrエクアドル氏のネット上のコラムを読み
面白いしこの人頭いいなあと感心していたわけですが
今日は、彼のちんぴおをみてしまいましたw

まあそんなものゴキコンフリークにとってはもう当たり前のもので、
珍しくもありがたくも無いのでしょうが
ゴキブリコンビナート通称ゴキコンはどんな劇団かというと、
受付でチケットを買い中に入るときに、
雨合羽を渡され衣服が汚れるかもしれないです
と諸注意を受け
どうしても汚れたくない上着とかは
脱いで後ろの車の中にお入れください、
というような追加案内を受けるようなところなのである。
連れて行った安川結花はワクワクとテンションを上げ
井川千尋は恐怖に脅え始める、そんな劇団なのである。

で、ちなみに今回のイベントは、
ゴキコンのHPをのぞくと

「2007年年明け早々より全18日間にわたる長期イベントを開催します。オリジナル台本にこだわり続けるゴキブリコンビナートが、あえてその禁を破って広く東西の文学から原作を求め作品化!!サービス精神に基づき「ベタな選択」をこころがけたというDr.エクアドルによって選ばれた3作品とは…」

と書いてあって、
「フランダースの犬」「源氏物語」そして「ガルガンチュア物語」
をやるとある。

今日、楽日は「ガルガンチュア物語」で、見たあとには、ほかの「フランダースの犬」や「源氏物語」も見ておけばよかったと、悔やむことになるのだが、とりあえず「ガルガンチュア物語」

実は不勉強で恐縮至極なのだが、ガルガンチュア物語、これは15,6世紀フランスを代表する作家でフランソワ・ラブレーの作品。
興味深い作品で、なにやらスウィフトのガリバー旅行記の元ネタにもなっているらしいが、巨人が生まれ普通に生きるさまを書いた書物ということらしい。

巨人という化け物として生まれついた少年ガルガンチュアは教育を受けるために最先端の教育を施す僧院に入れられるが、その僧院のモットー、それは

「 汝の欲するところをなせ 

ということであった。

芝居は、二重らせん構造になっている。

つまりガルガンチュアの話と平行して、ラブレーの本なんかにかぶれてしまった息子と娘を持つ現代日本人サラリーマンの世界が語られるのだが、この父親が舞台を所狭しと暴れる。というか舞台は客席・・・というかソコには少しの区別も無いのだが・・・そこで、現代人がありがたがっている書物がいかにひどいものが、書物を読むぐらいならゲームをし続けてゲーム脳になったほうがましだということを叫ぶ。それはその通りで、実際僕の尊敬してやまないバタイユなんてトンでもない人だし、彼の書いた小説、僕の一番好きな小説眼球譚(生田さんの訳しか読んでは駄目)はとんでもない不道徳な小説だし、川端康成も三島由紀夫も大江健三郎も皆みんな不道徳なのであって、読むのは禁止だ!そうなってもおかしくない本なのである。で、このサラリーマンの息子と娘はそのラブレーを読んでしまった。

「 汝の欲するところをなせ 

ラブレーが理想とした教育理念に従い、彼の息子と娘は、高校生なのに酒は飲むは、***は食らうわ・・・汝の欲するところをなせ・・・で大変な騒ぎになる・・・・・

というような話で、全部を語るのは大変だし、語っても僕が受けた爽快感は見ていない人には伝わることは無いだろう。だからこれ以上は書かないけれども、見なかった人に対しては、もう本当に優越感を抱きたいぐらい、楽しいイベントであったといえる。最後は観客も一緒になって歌って踊る(う○こを踏みながら)なんて楽しすぎである。井川千尋はいじられて脅えていたがそれも笑える。

ちなみに、昨日見た、ひょっとこ乱舞も賢い人の書いた話だとすぐに気付いた。あそこに描かれているもの・・・パニック仲介の発展史はそのまま金融の発展史であり、最後デリバティブと化したパニック仲介はどこにいく(そこはうまくまとまっていない)というようなことが描かれていたが、それこそはインテリのなす業である。

一方、ゴキコンも賢い人(ちんぴおを出した人)の書いた話である。が、その見かけは限りなく透明に近いブルーならぬ青、いやアホである。潔いぐらいにくだらない。だが、そこに含まれているものは賢いなどという美しい数式では描ききれないぐらい深く豊潤である。それは地球が誕生し熱い海の中で生まれた生命のスープのように不潔で猥雑で、しかし尊く神聖だ。服が汚れるのはいやだが、終わったあとにこんなに楽しくなる芝居はそうない。

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2007/01/25

ひょっとこ乱舞「銀髪」

もとアロッタで活躍していた根岸絵美(通称ネギ)が出演している。
ネギからのシツコイ(笑)誘いを断れずに初日観劇。


感想・・・・・・


「 おもしろい!! 

いろいろと面白かった。

凄い良かったのは、
主演のチョウソンハ

飛んだりはねたり、
他の役者がしゃべる長ゼリは注意力を維持できないけど
この人の長ゼリは本物だ。

あと、僕的には、木引優子(青いつなぎを着て出てくる人たちの中で一番左に居た女の子)この人がいい。
ほぼ芝居っ気が皆無。
しかし、カツゼツが良かったり芝居の出来る子は、たぶん、どこの劇団にも居る。
替えはいるのである。
しかし、この木引優子の芝居っけ無さぶりは替えが無い。
この人のしゃべりは嘘じゃないな、芝居じゃないな、そういう気になる。いや、芝居なんだけど。でも芝居じゃない。芝居じゃないけど、芝居なのだ。
だから買い。
そして買いなんだけど、この人の芝居っ気なさっぷりは、芝居に対する情熱もそうかもしれず、つまり、あっさり芝居なんかをやめてしまうかもしれない。でも、こんなに芝居っぽくなく普通にしゃべれる人はいいので、ずっと続けてほしいなあ。

ちなみに、僕らも4月の頭に同じ吉祥寺シアターでやる。彼らに負けず面白いものを作らなければならない。

ところで肝心のネギは、うん、やっぱネギだった。
ネギ、誘ってくれてありがとね!

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2007/01/23

更新

アルバム「これまでの作品」更新しました。

http://alotf.cocolog-nifty.com/photos/alotf/

番外公演「アブレボ、僕たちの純愛革命」

第6回公演「錆びた少女」

第7回公演「偽伝、樋口一葉」

です。


 ※ ちかぢか第8回公演の告知しますんでお待ちください!

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2007/01/22

劇団鹿殺し『僕を愛ちて。』

ついにみました。
うちの劇団のナカヤマが当日制作手伝いに入っている関係で。

おもろい!!
痛快!!!

久々に、小劇場らしい芝居を見ました。
これは今買いです。
ぜひぜひ見に行ってください。
話は多少刈り込んだほうがいい部分もありそうですけど
それでも鹿殺しにしかないものを見ることが出来る。
すなわち、見に行っとけ、ってことです。

ていうか東京、今日が最後だよ。
滑り込んでおけ!

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2007/01/21

コミックガンボ成功の行方

世界初の無料漫画週刊誌「コミック・ガンボ」

先日、記事に書いたように、
その創刊記者会見にゲストとして呼ばれ
何人かの監督さんたちと
「コミック原作映画化流行の時代」
というような話の雑談をしてきた。

で、渡されたコミックガンボを持って
そこに居たゲストの全員がおどろいた。
というのも、みんな無料漫画週刊誌と言うことで
R25のようなうすっぺらいものを想定していたからだ。

しかし、これかなり分厚い。
りっぱに300円とか取れるような雑誌である。

内容も、まぁ創刊号だからということもあるのだろうが
かなりレベルが高い。

べつにゲストとして呼ばれたからのおべんちゃらで言っているわけじゃない。
まじな感想である。

しかしだからこそ皆が一様に感じる危惧もある。
この雑誌、続くんだろうか?と。

もちろん、このチャレンジングな雑誌が存続することを願わずにいられないが、なかなかどうして厳しそうな気配を感じもするのである。

というのは、無料配布というところから来る問題
ターゲットが不明確という問題である。

漫画雑誌はふつう少年誌、青年誌・・・といような主として年齢別の住み分けがある。
さらに少女漫画、女性向け漫画というように性差による住み分けもある。

コミック・ガンボを読んではからずも、その住み分けが結構重要なんだなあということに思い至った。

というのも、少年漫画風の活劇や、青年誌によくあるような麻雀漫画などが混載されており、僕は読むのに少々戸惑ったからだ。沢山の漫画が掲載されているが、実は、ある特定の階層(クラス)に属する人間(たとえば12歳の少年)が、読める漫画は限られている。

つまり、コミック・ガンボは無料配布という体裁をとるために、ターゲット(読み手)を絞り込めない。だから、従来の漫画雑誌では読み手の年齢や性別でクラス分けして提供される漫画が、ごたまぜになって掲載されているのである。

これは結構マイナスだろう。

というのは、いくら雑誌が分厚くても、あるクラスの人間が読めるのは、その一部に過ぎず、その人にとってはいくら雑誌の見かけが分厚くても、実質は薄っぺらい漫画誌にすぎないことになるからであり、ウスッペライということは、それだけその人がまたその雑誌を手に取りたいと思う漫画掲載の可能性が少ないということだからである。毎回必ず読もうと思うにはあまりにグリップが弱い。簡単に言うと雑誌が八方美人になりすぎていて、従来のターゲットを見据えた漫画雑誌に比べると、非常によそよそしいということなのだ。これ問題の①。

ついで、問題の②。
まずR25の成功の理由のひとつには、あれが毎号読みつづける必要が無い。ということにもあると思う。

つまり記事は連載ではないため、ある週はR25をもらえなくてもなんら問題がない。
読みたいときに読める。記事は小分けにされており、好きなものだけを読めばよいということになっている。

が、週刊漫画誌は、毎号読んでもらうのが前提だ。これはコミック・ガンボの成功をより難しくする。忙しくて一週手に入れられなかったら、いきなり話の筋がわからなくなるからだ。連載物がなくなり、読みきりばかりになれば話は別だが、現状のような連載物が主体だとコミック・ガンボの存続はますます危うくなるだろう。

さらに問題の③。

あれだけ分厚い雑誌だと、R25がやっているような「壁置き」ができなくなる。
代わりに人手で配るしかなくなるが、それにはあまりにコストがかかりすぎる。

というように、色々と問題が山積である。
広告料でコストをまかなう無料漫画雑誌。
理論的に不可能なことではないはずだ。
しかし、現実の世界でそれを成功させるのはなかなか難しい。
成功させるためのアイディアを僕は持っているがそれはここには書かない。
真似されると困るからね。

まぁ、いずれにせよ、
「コミック・ガンボ」
がんばってほしいチャレンジである。
応援してます。

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007カジノロワイヤル

今年映画館で見た最初の映画は
とっても見たかった
「007カジノロワイヤル」

なぜ見たかったかというと
脚本に「ポール・ハギス」が入っているから。

ポール・ハギスと言えば
「ミリオンダラーベイビー」
「クラッシュ」
「父親達の星条旗」
とすばらしい作品ばかりの脚本を書いており
「クラッシュ」に至っては監督もしている。
「硫黄島からの手紙」は企画原案
そして「007カジノロワイヤル」への参加。

ちなみに007と言えば
普通の映画と違ってブロッコリ家という
あの野菜のブロッコリを発明した家の人たちが
代々プロデュースするというお家芸なのであるが
脚本に関しても「つくり」などに定番があり
ポール・ハギスも入ってはいるものの
メインのライターではない(推測)。
ニール・パーヴィスとロバート・ウェイドという
007の何作かを作っている人が
土台を作ってそれをポール・ハギスがいじるという
まさに映画「デスノート」の時の僕みたいな役割を
ポール・ハギスが担っている(推測)。

前作「ダイ・アナザー・デイ」が
女優はきれいだったけど
話が、がっくりつまんなかったので
そのつまんない話を
ポール・ハギスがどう料理するのかな
という職業脚本家的な観点で
どうしてもみたかったのが007カジノロワイヤル。

結果として
かなり面白かった。
しかしそれはポール・ハギス的な事というよりも
演出的な、そしてキャスト的なことが大きいような気がした。

まずタイトル後の「おっかけっこ」がすごい。
ああいうのが映画なんだと思う。
ストーリーは無いけどハラハラドキドキひっぱる。

でもこれは脚本家の力じゃない。
演出。監督の力だ。
マーティン・キャンベル。
007ゴールデンアイを撮っている。
見たこと無い。
見なくてはいけない。
さっそく借りてきた。

それから良かったのはダニエル・クレイグ。
今までのような甘ったるい二枚目じゃない
リアル・ジェームズ・ボンドを演じた俳優。
彼がいい。
というか彼をキャスティングし、
007をリニューアルしようと決断したプロデューサがやっぱ一番すごいんだろうな。

華麗に任務をこなし美しい女とやる。
そんな嘘っぺえ話をぶっ壊す。
僕はこの21世紀的ジェームズ・ボンドの誕生に拍手喝さいを送る。
人を殺すことの生々しさがこの映画にはあった。
人殺しをかっこいいと思おうが、人殺しをひどいことだと感じようが、それは見る側の勝手だが、いずれにせよ、痛いものなんだよ、そこをリアルに描いている。
これを描くには監督の手腕。そしてなによりプロデューサの決断が必要だ。
それがこの映画にはあった。ブロッコリ万歳。たくさん食べよう。
(あと金玉拷問は痛そうだ。これも画期的)

ただし難しいなと思ったのは、カジノロワイヤル。
国家予算レベルのお金をカジノのポーカーでやりとりするシーン。
これカジノのルールが良く分からないし、なぜわざわざポーカーでやりとりするのかがわからない。
国家権力。実力行使をなんでしないのか?
なんて疑問があるし、そもそも心理的な駆け引きだし
カードゲームでのやり取りをハラハラドキドキさせるのは難しい。
007お得意のカーチェイスシーンとかならかんたんなんだけど。
しかし表現が難しいけど原作があるから表現せざるを得ない。
がんばっていろいろ演出脚本やっていたけど
でもやっぱり難しい。
あのシーンだけは誰がやっても面白くなりにくいんだろうなあ。

あの対決が那須さん的なラグビーの試合やプロレスの試合とかだったらルールは知らなくてもまだ楽しめる対決だが、カードゲームでは、ちょっと気がぬけてしまう。

これは誰のせいでもないんだろうなあ。
だって原作がね、そうなってるんだし。

プロデューサもほかんところがおもろいから、ここは目を瞑ったんだろう。
原作自体がカジノロワイヤルってタイトルだし
このシーンを描かないわけに行かないし。
その辺は難しいなと思った。

カジノロワイヤルは一度コメディ映画として映像化されているらしい。
コメディならカジノシーンは面白いのかもしれない。
これも見てみなければならない。

007 カジノ・ロワイヤル@映画生活

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2007/01/14

コミックガンボ創刊イベント

みなさま、ちょーご無沙汰、松枝です。

ひさしぶりなのに告知です。

完全無料配布の週刊漫画誌が創刊されます。
R25のマンガ版ですね。

「 コミックガンボ 」

この創刊イベントにゲストとして出演します。
あさっての月曜日です。

二部からでいいんで
お暇なら皆さん見に来て下さい♪

以下詳細。

----------------
■会場 アキバ3Dシアター
  (千代田区外神田4-14-1 秋葉原クロスフィード/秋葉原UDX 4F)

■日時: 1月15日(月) 15:00開場、15:30開始~17:00終了

■総合司会:八雲ふみねさん

■第一部 15:30~ 『コミック・ガンボ 創刊発表記者会見』
 登壇者:株式会社デジマ取締役 甲斐昭彦、中村礼輝、原田謙一

■第二部 16:15~ 『原作物が続々と実写化されていく映画界の明日』
 登壇者: 株式会社デジマ 代表取締役社長 甲斐昭彦
  鈴木浩介監督、山口雄大監督、坂牧良太監督、松枝佳紀氏
  叶井俊太郎氏、大場しょう太氏
 ビデオレター:北村龍平監督、清水崇監督、豊島圭介監督
  他、飛び入りゲストも予定

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2007/01/03

2006年舞台総括・・・(その2)

ザッピング」的「モンタージュ」を舞台に取り入れる。
これはポール・ハギス監督の映画「クラッシュ」を見たことが大きい。
それから、那須さんが亡くなる前日にたまたまみていたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の「21g」とか。
この時間軸をめっちゃくちゃにする方法を演劇に取り入れたらどうなるだろうか。
そう考えてチャレンジしたのが「錆びた少女」そして「偽伝、樋口一葉」である。

時間軸を縦横無尽に飛ぶ手法は従来から演劇では良く使われ、たとえば僕が見て育った「夢の遊眠社」なんかの芝居では、だいたい、時間軸も舞台も異なるつながらない三つの物語の柱が順番に現れて、だんだんそれが終盤に向けて絡んでいくと言う、僕命名「三つ編み」モンタージュの手法が採られている。物語は関係ない三つの物語を行き来するが、それを演じる役者の肉体はひとつであることから生まれてくる不思議な認識の錯誤…これが第四の物語、しかもより一層深くなっているところで結ばれる物語(アウフヘーベンされた物語)を、観客が見出す仕掛けになっている。

この「三つ編み」モンタージュのおかげで、若き日の野田さんの芝居は、「わけくちゃわからん」と言われることになるのだが、しかし、僕のような「夢の遊眠社」の快感を覚えている人間にとって、「わけくちゃわからん」ことが一本の感動につながっていくことの面白さというか快感を皆に味わってもらいたいというか、なぜに他の人はやらないのだろうというような思いもあって、たしかに、NODAMAPは「夢の遊眠社」のような方法はもうとらないけれども、しかしあの時、時代が熱狂したように「夢の遊眠社」の方法はまだやれるんだよ、ということをちょっとやってみたかったというのもある。

しかし、思えば、あの「夢の遊眠社」の手法も「三つ編み」モンタージュである。三つの話が綺麗に順番に、1,2,3,1,2,3…とワルツ宜しく繰り返される。これ順番に刻まれるから良いのであって、これが不規則だと見ているものは本当に不安になるだろうし、わからねえということになるだろう。しかし、僕はそれをやることにした。はじめは「三つ編み」モンタージュをやろうという気もあったのだが、そんなのは20年前の野田さんがやっている。僕にとって、それは少しもチャレンジじゃない。

そこで現れるのがポール・ハギスである。
まるでテレビチャンネルを気ままに行き来するザッピングのようにして、物語がモンタージュされる手法……僕命名「ザッピング」モンタージュ
「三つ編み」モンタージュでさえ「わけくちゃわからん」と言われたのに、ここにきて、一本道のストレートな物語手法ばかりが流行っている日本演劇界で、「ゆとり教育」のおかげで知性にまでスカスカの「ゆとり」ができてしまった日本人の脳に、「三つ編み」モンタージュよりもさらにハードルの高い「ザッピング」モンタージュを押し付ける。
これを芝居でやってしまおう…これが僕の2006年の芝居で試みた、もうひとつのチャレンジである。

結果は賛否両論。
まあ、分かりにくいとか難しいと言われることが多かった。
多かったけれども、話がすうっと通ったときの快感を味わってくれた人も少なからずいたようであった。
もちろん、訳分からないと思って、もう物語の「も」の字も頭に入らず、あとの1時間を苦痛にしか思わなかった人もいたようで、ここは反省点。入り口をもうすこし食べやすいようにすること、それが今年の僕の課題である。

ちなみに、これを面白いと言ってくれた人には色々居るけれども、たとえば、「夢の遊眠社」のころから野田サンの右腕をずっとしている高都さんは、「最近みないタイプのチャレンジングでエキサイティングな芝居、非常に面白かった」と、やっぱり気に入ってくれた。「ラブレター 蒼恋歌」などでご一緒した丹野雅仁監督は、「舞台で背景も衣装もかわらへんから難しく感じるけど、映画にしたら分かりやすくなるし、これ映画に出来るで、映画にしいや」というように、脳内で場面を映画に変換してみて楽しんでくれた。日銀時代から交流のある学者連中も、パズルを解くような複雑な部分を面白いと言ってくれた。ただ、ポツドールの安藤玉恵さんみたいに、面白いか面白くないかは言わず遠慮がちに「これを書いた人は頭いい人なんだなって思った」と言う人も少なくなかった。もちろん「ぼくって頭いいんだぞ」そんなことをわかってもらうために芝居を書いているわけじゃない。おもしろかった。そう言われないと意味のない話。

この「ザッピング」モンタージュの手法は、引き続き「偽伝、樋口一葉」でもつかったが、やはり分かりにくさは否めない。もう少し分かり易くする必要を感じている。

とは言うものの、ポール・ハギス脚本の「父親たちの星条旗」をみたら、訳分からなさははるかに「錆びた少女」「偽伝、樋口一葉」を上回っており、やはり映像だからそれは許されるのか、それとも日本以外の世界はその訳分からなさを理解するほど頭がいいのか、そこは考えどころである。芝居で引き続きザッピング・モンタージュを試してみたいが、なにか改良を思いつかない限り、このままでの使用はないかなとも思っている。

( つづく )

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2006年舞台総括・・・(その1)

2006年の総括。
・映画編「デスノートとか神の左手とか・・・
・WS編「ワークショップとか・・・
舞台のことをやっていませんでした。

6月に「錆びた少女」、12月に「偽伝、樋口一葉

錆びた少女」は那須監督が亡くなってから以降
僕が本格的にやろうと思って立ち上げた芝居です。

劇団立ち上げた2004年に立て続けに5本も公演をうったなんて
まったく信じられないようなタフさでしたが
那須さんの死は僕のすべてのやる気を失わせた。
ただ天国の那須さんからの指令のように、
TBSの仕事なんかが入ってきて、
「神の左手悪魔の右手」もやらなくてはならなかったし
それから木村俊樹プロデューサーの後押しもあって
「4人の現役映画監督による実践的ワークショップ」
なんてものを立ち上げたりして
なんとか生き延びた…立ち直ってきたっていうのが2005年でした。

で2006年。
これまで那須さんに見せるために作ってきた芝居だけど
本当に新たな気持ちで、立ち直ったんだぞと言うところをみせるべく
ちゃんと芝居の公演もうたなきゃいけない。
そう思ってやったのが「錆びた少女」でした。

毎回何かやるときには
自分に新品のハードルを課すようにしています。
錆びた少女」では、物語を自分の中から引っ張り出すのではなくて
ある1人の実在する女性の中から引っ張り出すということを自分の中で決めました。
自分の想像の中で物語をつむぐのは比較的に楽です。
しかし何かを守るには早すぎ、むしろアウェーで戦い成長したい僕です。
それで決めました。他人の記憶の中で戦おうと。
それが「錆びた少女」でした。
中心となる舞台は「母と娘」でしたが、
何度も定番…男女の恋愛物
に持って行きたくなる自分を抑えながら、
地道に取材をし研究所を読み、
精神不安定にもなりながら書いたのが
錆びた少女」の脚本でした。
(精神の病に犯された人の症例を読むのはほんとうにつらかった)
そして別に隠すことも無いのであれですが、
広澤葵がいなくてはあの本は書けなかった。
女の気持ちは本当にわからないと思う僕なんだけども、
かなり深いところまで、
時に不快なところまで話してくれた広澤葵には本当に感謝している。
結果として「錆びた少女」は「もうひとつの広澤葵物語」そう命名しても良いような話になった。

とは言うものの、
脚本上は、そこはその僕と言えどもエンタテイナーですから
広澤葵の個人情報はわからないようにしてある。
しかし、僕の掘り当てた「錆びた少女」という物語は
広澤葵という架空の少女が毎夜知らぬ間にみている悪夢のひとつ
なんじゃないかと僕は思っている。

物語はそういうこととして
しかし、作品を物語るスタイル
これについても僕はチャレンジをした。
つまり
「ザッピング」的「モンタージュ」
の手法をこころみようと考え、それを実践してみた。

( つづく )

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2007/01/02

あけましておめでとうございます。

ブログでの去年の総括も終わってないのに
年が明けました。

東京はすがすがしい晴天の元旦でした。

松枝佳紀、アロッタファジャイナ
本年2007年もはりきってやってまいります。
映画、演劇、エトセトラ・・・
現状に甘んじることなく常にチャレンジ精神を忘れることなく
より新しく、より楽しいエンタテイメントを作ってまいります。

みなさま、引き続きご贔屓のほどよろしくお願いいたします。

2007年が皆様と僕らにとって最高の一年でありますように!!

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