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2006/09/12

高瀬比呂志さんの死

デスノート前編のカメラマン高瀬さんが亡くなられた。
日活入社、那須さんの同期で、まだ50歳だった。

高瀬さんに初めて会ったのは、
デスノート最初の本の打ち合わせかなんかの時で、
金子監督に紹介していただいて挨拶をした。
高瀬さんは本当に優しい人で、
現場とかどこで会っても、ニヤリ笑って握手してくれた。

最初会った日に日活の食堂で那須さんが
僕の芸術における父であることを話すと、
若かりし日の那須さんのエピソードをひとつ教えてくれた。

那須さんがまだ監督になるまえ、
チーフかセカンドの助監督だったころ、
高瀬さんもまだ撮影部の助手で、
なんどか同じ組になったことがあるらしい。

あるとき、同じ組についたとき
監督がどうもおかしなことを言うので、
那須さん高瀬さん同期コンビは止めようとしたらしい。
那須さんが代表して監督の部屋に直訴に行った。
戻ってきた那須さんの頬は腫れていて
「なぐられちゃったよ」と豪快に笑っていた。
そう高瀬さんは笑って話してくれた。

いつか那須さんの話をもっともっと沢山話すはずだった。
高瀬さんの参加はデスノート前編のみで、後編の撮影は高間さんにバトンタッチした。
「間宮兄弟」「ゆれる」「Death Note」とヒット作のつづく売れっ子の高瀬さんは仕事が詰まっていた。
「Death Note」のあともスケジュールがびっしりだったと聞く。
しかしその詰まっていた仕事の過労から結局は亡くなることになった。
脳梗塞で倒れるその日の朝もカメラテストかなんかのために元気で家を出たらしい。
本人も家族も誰も高瀬さんの死を予測などできはしなかった。
元気だったから次が無いとは思わなかった。
高瀬さんとはきっと仲良くなれるだろうと思った。
僕の好きなタイプの大人だった。
いつか那須さんの話を話してくれるはずだった。
疑うわけも無い。元気だったから。

お通夜に行き焼香をした。
高瀬さんの人徳からかあまりに長い会葬者の列。
いまさらのように夏を思い出した蒸し暑い夜。
皆が押し黙ったまま静かに並ぶ。
見るものも何も無く、聞く音も何も無い。
そんな粘ついた夜の中で
優しかった高瀬さんの笑顔ばかりが僕には思い出された。

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