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2006/03/07

「那須博之監督の思い出を語る会」

乃木坂のコレドで
「那須博之監督の思い出を語る会」を開いた。

那須監督ゆかりのスタッフ、友人、役者、
みんな呼んでしまえば、ものすごいことになってしまうので
本当の内輪の人間だけで開いた。

それでも、40人以上の人に集まっていただけた。

まず東映の菊池プロデューサーと朝ふたりで乗り込み
那須さんの撮った映画のポスターを飾るなど
会場の設営を、簡単だけど行った。

昼2時からは那須監督作品の上映会である。

菊池さんのセレクトで
監督デビュー作「ワイセツ家族」
本邦初公開「山嵐」のPV
名作「ビーバップハイスクール」シリーズから第四作目
の三本を披露させていただいた。

僕は主にブースにいて
音響と光、DVDの操作を担当した。

また「語る会」に違わず
出席者から一人ずつ前に出ていただき
「那須監督の思い出」
を語っていただいた。
その司会は菊池さんだったが
途中サブを僕がやった。
どうもああいう人前でやるのはほんと苦手。
ぜったい役者にはなれない僕なのである。

みなさんが語る
「那須監督の思い出」
は本当にすばらしいものばかりで
那須監督の多面的な知識・興味・ユーモア
人をひきつけてやまない人柄
沢山の人に愛されていたことを再確認することになった。

僕は那須さんと知り合ったメンバーの中では
一番の新参者で、ちょっと肩身が狭かったけど
でも心のどこかでは誰よりも愛されたと言う自負もあるのだが
みんなの話を聞いていると、
みんながどうもそれぞれ
「自分自身が一番那須さんに愛された」
とそう思っている節もあって
死後もなお僕にとっては心騒がせる那須師匠なのである。

途中、遅れて、数人が参加したのだが
その中に仲村トオルさんがいたのには少々おどろいた。
彼だけが名簿に無かったから。
たぶん菊池さんか、
それともビーバップの役者仲間かが知らせたのだと思うが、
那須さんもトオルさんを愛していたから
ほんと来てくれたのはうれしいことだ。

会の途中のブレークタイムに僕が
山本奈津子さん渋谷飛鳥ちゃんとじゃれていると
近くに座っていた仲村トオルさんが
ずんっ
と立ち上がり
僕に向かって

「メールを頂いていたのに
 お返事もせずどうもすみませんでした」

と謝られた。

一瞬何のことか混乱した僕だが
思い出したのは一年前のこと
那須さんが死んだあと
「神の左手悪魔の右手」という映画が
空中分解しそうになっていたときのことである。

僕はこの「神の左手悪魔の右手」という素晴らしい話を
那須さんと僕が病室で書いた脚本を
ぜったい映画にしたかった。
というかする映画にする義務があると思っていた。

さらに、ウエッティなことを言うと
スタッフも出演者もぜーんぶ
那須監督ゆかりの人にしたかった。
みんなで
「那須監督追悼」
そういうあれであれしたかった。
そこで監督として一番ふさわしい金子監督にお願いもしにいった。
思えばあの時のあれが無ければ映画『デスノート』も何も無い。

何人かの人には
ビジネスなんだから
そういうことはそれとして
映画を作ることを優先にしたら
とアドバイスをもらった。

とくに
那須真知子さんからは
「松枝くんがデビューすることのほうが
 那須の願いなのだから
 ほかのことは
 那須博之追悼ということにこだわらずに
 ビジネスとして成立するように
 やるべき」
と一番ウエッティな意見を言ってもいいはずなのに
気丈な、というか映画人として
びしっと腹の据わった意見をもらった。

しかし、とは言うものの
僕の状態は那須さんを失ったことで
パニックと言うか
演劇でさえ僕は那須さんに見てもらうために
作っていたのだから
那須さんがいなくなって
もうなにをどうしていいかわからず
唯一つ僕の勇気を生み出すのは
「那須監督追悼作品」
それだけだったものだから
思わずスケジュール的にも無理とわかっている
仲村トオルさんに衝動的にメールを書いたのだ。

もちろんご本人のメアドは知らないから
事務所宛にである。

ながながと書いた。
「仲村トオルさん、出てください」
そういう気持ちである。

「メールを頂いていたのに
 お返事もせずどうもすみませんでした」

そう頭を下げられた仲村トオルさんの言葉はそのメールについてなのである。

実際、返事は一切来ず
まあ、かなりエキセントリックなメールと思われただろうから返事は無いんだなとも思ったし、事務所宛だから、トオルさんは読んでいないんだろうな、とも思っていた。

なんだかんだとその後あり、
楳図先生、金子監督、成田プロデューサー、平田プロデューサー、東芝エンターテイメントの泉さん、スタッフ・出演者の皆さんら、沢山の人たちの本気によって
映画「神の左手悪魔の右手」は無事クランクインできるようになり
今年の夏には渋谷単館系で公開になる。

そのあとTBSのドラマもあったし、デスノートのこともある。
仲村トオルさんに出していたメールのことも忘れていた。

が、
僕なんかよりも1000倍忙しいはずの
トオルさんは覚えていた。

ずーっと考えていたそうである。
僕の直球のメールにどう返事を出せばよいか
那須さんの恩義にどう報いていけばよいかを。
チャンツイイーの隣に居るときもそのことを考えていたそうである。

「メールを頂いていたのに
 お返事もせずどうもすみませんでした」

その頭を下げる美しい姿に
やはり思ったとおり
まっすぐで真摯でまじめで男らしい男
それが仲村トオルさんなのだなあとおもった。

残念ながら
昨日の僕はひっじょーに具合が悪く。
それは今も続いていて
眩暈はするわ吐き気はするわ頭痛はするわで
とんでもない肉体なので
もっとたくさんのことを話したかったが
途中から記憶を失ってしまった。

次会う機会があったら
もっといろいろ話したいことがある。

とりあえず
一緒に映画作りましょうね
と言ったら
ぜひ
と笑ってくれた。

トオルさんも言っていたが
那須さんに育ててもらった僕らが
映画の第一線に居ること
これが何よりの那須さんへ報いることになるに違いない。
いまや那須博之の人生は僕らの人生なのだ。
新たに強い誇りとやる気をもらった夜であった。

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コメント

松枝さんが那須監督のことを語るのを読むたびに、
「那須監督の人生の描いた映画を見たい」とおもうのです。
つくってほしいです、ぜひ。
人間と人間のつながりとか、人間同士の愛とか思いとか、なにかにひたむきになる情熱とか...なんか今、失われていきそうなものが全て那須監督の人生にはあるように思えるので。

投稿: 猫ぴ@もか組 | 2006/03/07 10:37

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