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2006/03/30

ひとあしさきに

見ました。
まだ音楽ついていないけど
まだCG完成していないけど
まだまだ切るところあって2時間半ある長いやつだけど
見ました。

感想。











すごい。











おもしろい。











これから付けられる音楽も***だと言うし











みなさん、まじめに期待していてください。




















優秀なスタッフ、キャスト、金子修介万歳











です。











一部の人が気にしているあれも



















あれどころかむしろおおおおおおおおおおおでした。













まふらーもぶじです。













ではかなり踏み込んだ発言をしたので





















これにて、ばいなら。

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2006/03/18

アロッタファジャイナ『錆びた少女』

sabitasyoujoomote 「わたしが機械になっても愛は残るよ。
 言い残し少女はラジオになった。」

新作の芝居を上演する。
6月。

タイトル「錆びた少女

体が機械化していってしまう女の子の話。
設定が塚本さんの「鉄男」っぽいんで
「鉄子」にしようというアイディアもあったけど

やっぱ最初のアイディアどおり
錆びた少女」で落ち着いた。

芝居の詳細については
アロッタのホームページを見てください。

結構、大々的なオーディションをやって魅力的な人材が集まった。
もちろん、これまでにも一緒にやってきてくれた仲間もいる。

現在キャストが総勢22名の予定で
すでに練習前のプレワークショップを開いている。
オーディションで選んだせいか
多彩なキャラが集まっており、やっていて非常に楽しい。

台本がまだあがっていないので
このキャラたちを生かす台本を書こうと心に誓っている。
番外公演の「アブレボ」はあったが
作も演出も手がける本公演としては1年5ヶ月ぶりの公演になる。
新生アロッタをお見せしたい。

野田さんが「贋作・罪と罰」

ケラさんが「労働者M」

長塚さんが「桜飛沫」

三浦さんが「夢の城」

岡田さんが「三月の5日間」

では松枝はなにをするのか?

金子修介監督作品の脚本家や監督助手をつとめる松枝はなにをするのか?
TBSドラマ制作の経験を経て松枝はなにをするのか?
師・那須博之監督の死を経て松枝はなにをするのか?
そんなこと誰も問うてはいないかもしれないが
そこになんらかの答えを括弧付きであったとしても出したいと考えている。

まぁ、気負った芝居はろくなもんじゃないだろうから
役者のみんなと楽しくお気楽ご気楽にやっていこうとは思ってるんだけどね。

とりあえず恒例のチラシ。
こんなに僕のイメージどおりの写真が出来て感激です。

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2006/03/17

チェルフィッチュ『三月の5日間』

チェルフィッチュ「三月の5日間」。

これは一昨年の岸田戯曲賞とったやつだ。
去年は三浦さんの「愛の渦」が岸田戯曲賞。
三浦さんはつい先週まで「夢の城」という新作を披露。
「愛の渦」を超えた世界を見せてくれた。

で、今回、
岡田さんが
「三月の5日間」
を再演するって言うので見に行った。
スケジュールは無かったが、むりやり行った。
どう無理やりかと言うと
打ち合わせの途中、
「ちょっとタバコ買ってきます」
と抜け出してそのまま見に行った。
プロデューサーには怒られたけど見なくてはいけないんだから仕方ない。
だって芝居は見なくてはもう二度と出会えない可能性が高い。
こんなにも前評判が高く、
しかも戯曲を読んだだけでは絵が浮かばない「三月の5日間」。
同時代に生きる同世代の僕が見ないわけに行かない。
見に行かないのは、同時代人としての危機とさえ言える。
だから打ち合わせをブッチしても行く必要があった。
僕にとって観劇は遊びなんかじゃない。
どうしてもセネバならぬ苦役にほかならない。

「三月の5日間」は「芝居」という固まりつつある装置をひっくり返したような芝居だ。

「芝居」や「映画」をストーリーによって評価する人も居るが、
「夢の城」もそうだが「三月の5日間」にはストーリーがない。
いわゆるドラマと言うか葛藤がない。

それどころか「三月の5日間」は「夢の城」にさえあった「役者」というものがいない。
「三月の5日間」をみると「夢の城」が芝居らしい芝居だったんだとさえ思えるほどだ。

「役者がいない」

この表現は誤解を生むかもしれない。
役者らしきものは居るんだが
それは役者と言うよりも「話者」だ。

「登場人物」は居るんだが、それは「話者」の話の中にしか出てこない。時折、「話者」が「登場人物」のようにも見えるけど、「と奴はいってたんですよね」と伝聞調になることによって、「登場人物」を演じる「役者」になりかけた肉体はあっというまに「話者」に戻る。

しかも

「「「「「「****と男1はいってたんですよね」
         と男2はいってたんですよね」
         と女3はいってたんですよね」
         と男4はいってたんですよね」
         と女5はいってたんですよね」
         と男1はいってたんですよね」・・・・

と次々と何人もの「話者」が次の「話者」の箱に入れられていってしまう。
いつのまにかぐるりと回って最初の「話者」がいたりする。

その「入れ子構造のしゃべり」がだらだらと続く中、
いつのまにか、ストーリーらしきものも展開され、
そしてそのなかから浮き上がってくるのは、
ぼんやりとした感覚・・・「幸せ」とも「不幸せ」とも言うことのできない感覚。

宮台は終わりなき日常を生きろといったけど、
学者なんかが言わないでも生きていく方法を人間は見つけ出すのだ。
死んでしまいそうな絶望の中を意気揚々と泳いでいく方法を。
その点は、ほんとうに双子のように
ポツドール「夢の城」とチェルフィッチュ「三月の5日間」は同じなのだ。

ついでに言うと、そんな絶望の中を生きていく人々を見る目に愛がある。
ポツドール「夢の城」とチェルフィッチュ「三月の5日間」は、ともに、現代を生きるしかない人間に対する深い愛・・・同情で貫かれている。こんなに人間を愛した目は類を見ない。

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2006/03/14

現役映画監督による映画俳優のための実践的なワークショップ

「現役映画監督による映画俳優のための実践的なワークショップ」
第2回、ついに開催が決まりました。

詳細はこちら→

これ、名のある監督が4人も講師に来るとうたっているだけに
第1回目はほんまに来るの?とか問い合わせ殺到でした。

しかし、これも今となれば笑い話。
実際、参加者みんなには、四人の監督方に
近くで接して演出などつけてもらって。
ほんと参加してよかった、って思ってもらえるワークショップのようでした。

第1回目の様子はこちら→

さらに
四日間の濃いぃワークショップに集まった役者陣は優秀で
なんと、講師監督の作品や、
ワークショップ主催のステアウェイ、
アロッタファジャイナの関連作品に
どんどんキャスティングもさせていただきました。


まさに、

「映画俳優になるためのワークショップ」

て、感じでしたね。


で、ご好評をいただいたので
なんとかもう一度やろうと練っていましたが
とうとう、第2回募集を開始する時をむかえることができました。

詳細は先ほどのリンクを見てもらうとして、
やっぱりこのワークショップの目玉といえば
講師・・・有名監督が講師になってくれるってことでしょう。

第一回目講師は
金子修介監督、望月六郎監督、宮坂武志監督、熊切和嘉監督
そうそうたるメンバーでした。

もちろん第2回ワークショップの講師陣もすごいです。

伊藤秀裕監督

 映画監督のほかプロデューサーとしても名高いヒットメーカー。
 映画制作会社「エクセレントフィルム」の社長でもあり、
 昨年は映画「NANA」の制作を請け負っている。
 http://www.walkerplus.com/hokuriku/latestmovie/report/report4064.html

望月六郎監督

 
「皆月」で俳優北村一輝をスターダムにのし上げた。
 エロティックな映画、暴力的な映画、青春映画
 多彩な作品を次々と作り続ける日本を代表する映画監督の一人。
 http://www.walkerplus.com/tokyo/latestmovie/report/report1504.html

石川 均監督

 
「集団殺人クラブ」で俳優遠藤憲一の怪演を存分に引き出した。
 自身も俳優として望月六郎監督「スキンレスナイト」で主演する。
 映画監督、脚本、役者、芝居の作・演出など多方面で活躍中。
 http://www13.plala.or.jp/intro/Archive/zenba/Reviews/z030.htm

山下敦弘監督

 
「リンダリンダリンダ」で前田亜季や香椎由宇らを起用した。
 今年30歳。日本映画界の旗手。
 http://www.tokyo-source.com/japanese/archives/2005/07/009.html


という方々に講師をお願いしました。
興味ある方
映画俳優・女優になりたいって方。
ご応募お急ぎ下さい!
人生においてタメラウコトは命取りです。

ワークショップの詳細はこちらから→

応募はこちらから→

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2006/03/11

ポツドール『夢の城』

最初に反省をしておきたい。
今回この
ポツドール「夢の城」
酷評が多く
しかもある信頼筋に
行ったら吐くと言われていて
当日になって見に行くのをやめた。

というのもぼく自身は行くつもりだったが
同伴予定の美女3人がたぶんドンビキするだろうし
僕も何かシタゴコロをもっていると
思われてはかなわないので
持っているのだが
やめようとそういうことになった。
というのはウソで
単に美女に囲まれて食事がしたくなったので
見に行くのをドタキャンしたのだが
いや、連れて行くべきだった。
それを思って反省なのである。

というのも
この芝居、世の酷評と異なり
非常にすぐれた芝居だったからだ。
議論伯仲、さらに美女との食事が楽しくなったに違いない。

思ったことは幾つもあるのだが
思いつつくままに述べる。

セックス、粗チン
これはまったく粗チンに過ぎない。
部屋に飾られた
たくさんの脈絡のないポスターやチラシ
そのひとつに過ぎない。
当然重要なファクターなのだが
これをして
「下品」とかあたらない。
いや下品なのだけども
ていうかいいじゃんこのぐらい。

下品と言うかね
むしろ、滑稽であり物悲しい。
「醜悪」という人も居るようだが
実のところ「醜悪」ではない。
これを醜悪と感じるならば
それは感じる人のポジション
・・・まだまだ何かを信じているという
それを表している。
これは信じるものが無くなった人たちの話だ。

たとえばセックス。
僕らは穴があれば性器を差込みコスル事しか知らない。

こんなにも性を馬鹿にした表現はない。
官能的なものはなにひとつない
「純粋行為」
である。

僕はいま
ほっとけば体が機械化する病気にかかった人間の話を
芝居として書いているんだが
ロボットたちから見ると
「ほんとうに人間て不自由な機械だね」
ということになるのだろうと思う。

差込みコスッタラ
感じたり濡れたり声をあげたり出したり
すぐには終わらなくて長々と動かなきゃいけなかったり。
そのブン機械たちのセックスはらくだ。
すぐに済む。
感じたり濡れたりしなくていい。
「ほんとうに人間て不自由な機械だね」

もう本人たちにセックスしたいという欲望が無いのに
やらなきゃいけない。
いれたら喘ぐし、入れたら動くし
セックスじゃなくてさ
21性器なんだからゼックスとか
濁音ついたぐらいのバージョンアップあってもいいじゃん。
でも相変わらずセックス。

「・・・・・・」

もうとりあえずセックス。
みんな神様を恨みながら腰を振り続けている。

話すことなんて無いじゃん。
だって話すってことは希望だもん。
僕の話を聞いて
「え?それ無しじゃん」
とか
「ああ、それありだね」
とか
ほんと希望そのもの。

つまり会話って
セックスに希望を持つってことと同じ。
だから詰まんない会話をすると「醜悪」ってなる。
醜悪じゃないんですよ。
もはや。
もう醜悪だろうがそうでなかろうが
会話?
そんなものを信じられないところに
おれたち居るんじゃないの?

そしてテレビ。
ゲームをしたり情報が垂れ流されていたり
何かをやっている人間がふと画面を目にして
いま途中までやっていたことを止めてしまう。

テレビ。
汎用化されたドラッグだ。
自分たちが今何をすべきか
どうして生きるべきか
おかれた現状
そこは
「神によって作られた牢獄」
それを思わぬために
みんなテレビを見ている。

何かを考えそうになる。
あぶないあぶない
あわててテレビを見る。
「もう何も考えなくていいのよ」
テレビだけが僕らを救ってくれる。

毎日毎日同じことが繰り返される。
退屈な日常ではない。
それなりに面白い。
だがその面白さは危うい。
思考を停止させるドラッグ・・・テレビ
がないと途切れてしまいそうなのである。

ふいにピアノを弾く女。
カノン・・・へたっぴな
繰り返される繰り返される日常
そしてエリーゼのために。
夢。
女は幼い日にピアノを習っていた。
「あたしピアニストになるんだ」
なんて明るく言ったかも知れない。
そんなこと大人は誰も信じていなかった。
そして今あたしはピアノの練習曲を弾く。
思い出し思い出し。
あきらめたと言うにはあまりに淡い夢。

誰も居ない部屋で
男が長枕でフルスイングをする。
意外に腰が入っている。
夢。
男は幼い日に野球少年だったのかもしれない。
「おやじ、俺、たぶんドラフト1位だぜ」
笑って頭をなぜてくれた親父。
でもそんなこと信じてやしなかった。
あきらめたと言うにはあまりに淡い夢。

相撲取りや最後のスケートは
もう滑稽にしか過ぎなかったけど
それでも
もしかして言ったのかも知れない。
テレビを見ながら
「ぼくスケートやりたいな」

見ながら
この風景は牢獄なんだとおもった。
夢以外のすべてを与えられた牢獄。

前回
ポツドールの「愛の渦」を
僕はblogで
「永久にセックスせざるを得ない不感症たちの物語」
といったが
「愛の渦」は
まだセックスに
興奮したりなんだり
希望を見出している人たちの話。

でも今回
「夢の城」は
セックスにさえ希望を見出せない人たちの話。
あるのはかろうじてテレビにすがりつき
自分たちの「喪失」に気付かないようにする人々の姿。

カノンとエリーゼのためには泣けた。

最後の安藤玉恵さんの泣きは押し過ぎな気がしたが。
でもそういうことだよね。

あと1つ思ったのは
これ世界にもってけるなと思ったこと。
というかむしろ持って行きたい。

更に言うと
「夢の城」の韓国バージョンやイスラムバージョンやアメリカバージョン
いろんな国のバージョンが見たい。
日本だけなんだろうか?こんなになんでもあるのに夢だけが無い国は。
たしか村上龍がそういうことを言っていたが。

「夢の城」には夢以外のものすべてがあった。
そしてふと思ったのは
夢って日本人にとって天皇制だったのかもなと思った。
「大政奉還」という思想はそうだろう。
世が乱れたとき天皇が治世になる。
天皇が正しき判断をしてくれる。
ていうか「正しき判断」はありえるのだ。
そう信じていた頃=夢を追い続けていた頃が懐かしい。
会話やセックスを信じていた頃が懐かしい。
ということじゃないかなとも思った。

いずれにせよ、
世の酷評とは離れて
僕的には
「夢の城」
大絶賛だった。
この先に三浦さんが何を描くか
そこが更に見てみたいと思う。
僕がこう言う類の芝居は絶対やらないだけに期待。

あと、
三浦さんの
安藤玉恵さん
米村亮太朗さん
ふたりの劇団員に対する
「愛」
を非常に感じた(笑)

12日までしかやっていないが
ぜひ見るべきだ。
いままでのポツドールと同じ
と言うような人もいるが
そんな人の言葉は聞かなくていい。
確実に超えた何かがある。

この作品をふいに見に行ったわけだが
つくづく東京に住んでいて良かった。
そう思えた。

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2006/03/07

「那須博之監督の思い出を語る会」

乃木坂のコレドで
「那須博之監督の思い出を語る会」を開いた。

那須監督ゆかりのスタッフ、友人、役者、
みんな呼んでしまえば、ものすごいことになってしまうので
本当の内輪の人間だけで開いた。

それでも、40人以上の人に集まっていただけた。

まず東映の菊池プロデューサーと朝ふたりで乗り込み
那須さんの撮った映画のポスターを飾るなど
会場の設営を、簡単だけど行った。

昼2時からは那須監督作品の上映会である。

菊池さんのセレクトで
監督デビュー作「ワイセツ家族」
本邦初公開「山嵐」のPV
名作「ビーバップハイスクール」シリーズから第四作目
の三本を披露させていただいた。

僕は主にブースにいて
音響と光、DVDの操作を担当した。

また「語る会」に違わず
出席者から一人ずつ前に出ていただき
「那須監督の思い出」
を語っていただいた。
その司会は菊池さんだったが
途中サブを僕がやった。
どうもああいう人前でやるのはほんと苦手。
ぜったい役者にはなれない僕なのである。

みなさんが語る
「那須監督の思い出」
は本当にすばらしいものばかりで
那須監督の多面的な知識・興味・ユーモア
人をひきつけてやまない人柄
沢山の人に愛されていたことを再確認することになった。

僕は那須さんと知り合ったメンバーの中では
一番の新参者で、ちょっと肩身が狭かったけど
でも心のどこかでは誰よりも愛されたと言う自負もあるのだが
みんなの話を聞いていると、
みんながどうもそれぞれ
「自分自身が一番那須さんに愛された」
とそう思っている節もあって
死後もなお僕にとっては心騒がせる那須師匠なのである。

途中、遅れて、数人が参加したのだが
その中に仲村トオルさんがいたのには少々おどろいた。
彼だけが名簿に無かったから。
たぶん菊池さんか、
それともビーバップの役者仲間かが知らせたのだと思うが、
那須さんもトオルさんを愛していたから
ほんと来てくれたのはうれしいことだ。

会の途中のブレークタイムに僕が
山本奈津子さん渋谷飛鳥ちゃんとじゃれていると
近くに座っていた仲村トオルさんが
ずんっ
と立ち上がり
僕に向かって

「メールを頂いていたのに
 お返事もせずどうもすみませんでした」

と謝られた。

一瞬何のことか混乱した僕だが
思い出したのは一年前のこと
那須さんが死んだあと
「神の左手悪魔の右手」という映画が
空中分解しそうになっていたときのことである。

僕はこの「神の左手悪魔の右手」という素晴らしい話を
那須さんと僕が病室で書いた脚本を
ぜったい映画にしたかった。
というかする映画にする義務があると思っていた。

さらに、ウエッティなことを言うと
スタッフも出演者もぜーんぶ
那須監督ゆかりの人にしたかった。
みんなで
「那須監督追悼」
そういうあれであれしたかった。
そこで監督として一番ふさわしい金子監督にお願いもしにいった。
思えばあの時のあれが無ければ映画『デスノート』も何も無い。

何人かの人には
ビジネスなんだから
そういうことはそれとして
映画を作ることを優先にしたら
とアドバイスをもらった。

とくに
那須真知子さんからは
「松枝くんがデビューすることのほうが
 那須の願いなのだから
 ほかのことは
 那須博之追悼ということにこだわらずに
 ビジネスとして成立するように
 やるべき」
と一番ウエッティな意見を言ってもいいはずなのに
気丈な、というか映画人として
びしっと腹の据わった意見をもらった。

しかし、とは言うものの
僕の状態は那須さんを失ったことで
パニックと言うか
演劇でさえ僕は那須さんに見てもらうために
作っていたのだから
那須さんがいなくなって
もうなにをどうしていいかわからず
唯一つ僕の勇気を生み出すのは
「那須監督追悼作品」
それだけだったものだから
思わずスケジュール的にも無理とわかっている
仲村トオルさんに衝動的にメールを書いたのだ。

もちろんご本人のメアドは知らないから
事務所宛にである。

ながながと書いた。
「仲村トオルさん、出てください」
そういう気持ちである。

「メールを頂いていたのに
 お返事もせずどうもすみませんでした」

そう頭を下げられた仲村トオルさんの言葉はそのメールについてなのである。

実際、返事は一切来ず
まあ、かなりエキセントリックなメールと思われただろうから返事は無いんだなとも思ったし、事務所宛だから、トオルさんは読んでいないんだろうな、とも思っていた。

なんだかんだとその後あり、
楳図先生、金子監督、成田プロデューサー、平田プロデューサー、東芝エンターテイメントの泉さん、スタッフ・出演者の皆さんら、沢山の人たちの本気によって
映画「神の左手悪魔の右手」は無事クランクインできるようになり
今年の夏には渋谷単館系で公開になる。

そのあとTBSのドラマもあったし、デスノートのこともある。
仲村トオルさんに出していたメールのことも忘れていた。

が、
僕なんかよりも1000倍忙しいはずの
トオルさんは覚えていた。

ずーっと考えていたそうである。
僕の直球のメールにどう返事を出せばよいか
那須さんの恩義にどう報いていけばよいかを。
チャンツイイーの隣に居るときもそのことを考えていたそうである。

「メールを頂いていたのに
 お返事もせずどうもすみませんでした」

その頭を下げる美しい姿に
やはり思ったとおり
まっすぐで真摯でまじめで男らしい男
それが仲村トオルさんなのだなあとおもった。

残念ながら
昨日の僕はひっじょーに具合が悪く。
それは今も続いていて
眩暈はするわ吐き気はするわ頭痛はするわで
とんでもない肉体なので
もっとたくさんのことを話したかったが
途中から記憶を失ってしまった。

次会う機会があったら
もっといろいろ話したいことがある。

とりあえず
一緒に映画作りましょうね
と言ったら
ぜひ
と笑ってくれた。

トオルさんも言っていたが
那須さんに育ててもらった僕らが
映画の第一線に居ること
これが何よりの那須さんへ報いることになるに違いない。
いまや那須博之の人生は僕らの人生なのだ。
新たに強い誇りとやる気をもらった夜であった。

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