« 働く土曜日 | トップページ | 那須真知子という才能 »

2005/11/06

14歳楳図かずお

天才とはこういうものである。
14歳楳図かずお。
って言っても、あの最後の漫画、『14歳』のことではない。

楳図さんが処女作『森の兄妹』を描いた年齢である。

若いからどうのこうのと言う話でもない。

処女作にして、すべてが含まれている・・・
そこがスゴイのであって、
三島由紀夫の『仮面の告白』なども考えると
すべからく天才と言うものはこういうもんなんだなぁと思ったわけです。

仮面の告白』なんてのも
その後に彼が何度もリフレインして書くテーマが登場している。
三島の場合、たしか『仮面の告白』を書きあがったのも
最後の作品、『天人五衰』を書き終えて自決したのも11月25日だったはず。

楳図さんも最後の作品が『14歳』なら最初の長編漫画を描いたのも14歳。
で、その14歳で描いた漫画『森の兄妹』には
焼き鳥として食べられるために生きる小鳥の話がある。
・・・チキンジョージ、『14歳』の主人公が処女作に登場しているのである。
今回僕が映画化させてもらった
神の左手悪魔の右手
を髣髴とさせるシーンもこの処女作に描かれている。

つまり、処女作にすべてがあるということ。

今回、復刻された楳図さんの
『 森の兄妹/底のない町 』
は、そう言う意味で現代に生きている天才の天才たる事実を目の当たりに出来る作品であり、楳図ファンならずとも手にとってみるべき作品だと思う。

|

« 働く土曜日 | トップページ | 那須真知子という才能 »

コメント

はじめまして
『映画秘宝』の愛読者ですが、12月号を開いて、松枝さんが載っているのをみて驚きました。

投稿: オオクボ | 2005/11/06 10:57

オオクボさんどうも。
『映画秘宝』
みちゃいましたか~~。
すんません、みぐるしいもの。

投稿: まつがえ | 2005/11/06 20:00

ところで最近『カナリア』がDVD化されました。
松枝さんの以前の日記に、少しこの映画について語っていとと記憶します。
この映画とこの監督は、蓮実重彦が絶賛していて、多くの蓮実ファンを動揺させいるらしいのですが。

投稿: オオクボ | 2005/11/07 00:10

塩田監督ですね。
じつは『カナリア』はまだ未見です。
ぜひ劇場で見たいのですが。
ちなみに『月光の囁き』について
むかしこのBLOGに書きました。
とても繊細ですばらしい映像物語を作る監督さんだなぁと思っています。
ちなみに蓮見ファンが動揺しているのはなぜなんですか?

投稿: まつがえ | 2005/11/07 07:52

『月光の囁き』は私はまだ、観てません。
漫画家の喜國正彦原作ですね。
塩田監督作品は、『黄泉がえり』や『害虫』が有名ですね。

ところで蓮実ファンが動揺しているのは、テーマがオウム真理教を扱ってるからです。前に「2ちゃんねる」で話題になってました。グーグルで検索しましたが、残念ながら見つかりませんでした。
浅田彰と宮台真司と蓮実重彦の批評が比較されてました。
「2ちゃんねる」での結論としては、蓮実重彦の映画の見方は、実際の事件をどう扱おうと映画の良さとは無縁である、という感じに終わったと記憶しています。

投稿: オオクボ | 2005/11/07 10:31

ああ、難しい問題ですね。
蓮見さんの
「実際の事件をどう扱おうと映画の良さとは無縁である」
という意見にかなり同意しますが
「良さ」というのが道義的なものを含むなら「微妙」ですね。
「実際の事件をどう扱おうと映画の良さとは無縁であるが、その映画が現実に影響を与えることを考えると、実際の実験をどう扱うかの判断は重要である」
ということなのかなぁと思ったり・・・。

投稿: まつがえ | 2005/11/08 09:38

あのー、「実際の事件をどう扱おうと映画の良さとは無縁である」というのは、蓮実重彦の発言ではなく、「2ちゃんねる」の匿名の書き込みだったと思います。
でも、蓮実重彦の著書を読むと似たような記述があります。
それは、映画はスクリーンに写ってるのが全てである、という唯スクリーン論というような主義をとってます。
前に映画監督の黒沢清の対談を読んでたら、立教大学の蓮実ゼミのことを話していて、その例が『未知との遭遇』でした。
蓮実先生が、来週まで、この映画を観て下さいと言って、次の週に、生徒に感想をきくそうです。そして、生徒の1人が「特撮がすごっかったです。」というと、「どうして特撮とわかるのですが?」と詰問し、生徒が「パンフレットに書いてました」というと、「どうしてパンフレットに書いてあることが、真実だとわかるのですか?」と禅問答のようになるそうです。
そのような方法で、先入観で映画を観るのを、戒めるそうです。

投稿: オオクボ | 2005/11/08 12:18

「先入観で映画を観るのを戒める」
それはそれで理解できる立場だけれども
純粋な観客の立場から言うと
先入観無しで映画を観るなんてほとんどないよなとも思う。

純粋に映画そのものと対峙するなんてこと現代では誰も出来ないんじゃないかな。

投稿: まつがえ | 2005/11/10 22:23

たしかにフッサールの的な純粋な客観で、映画を観ることは不可能です。誰しも先入観に囚われていて、先入観なしにものごとを解釈するは不可能です。
でも、ここで言ってるのは、そんな厳密な意味ではありません。ただ、自分の持ってる先入観による決めつけの見方を、壊しながら観るということです。例えば観る前に持ってた情報では、つまらないと思っていた映画が、観た後に素晴らしかったりとか、その逆とかです。自分の中の想像してたものが、現実の映画に壊されるという感じでしょうか?
でも世の中には、先入観による決めつけで最後まで観る人がいます。旧ソ連の映画は、国策プロダパガンダだからつまらないとか、あるいは最近の例では、クリント・イーストウッド監督の『ミリオン・ダラー・ベイビー』は自殺幇助を肯定に扱ってる映画だからけしからんとか。
参考、町山智浩さんのブログの『ミリオン・ダラー・ベイビー』についての記事から。
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20050215

投稿: オオクボ | 2005/11/12 01:59

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56674/6921597

この記事へのトラックバック一覧です: 14歳楳図かずお:

« 働く土曜日 | トップページ | 那須真知子という才能 »