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2005/05/29

役者はナルシスト

本日ワークショップ最終日。
講師は望月六郎監督です。

ちなみに今回のワークショップ
4万円と値段高いし
監督が有名人ずらっと並んでいるので
「詐欺」じゃないか?という疑いをもたれたりしました。
実際に告知している監督がこないんじゃないかと。
かつてそういうワークショップがあったらしいです。
でもうちは詐欺りません。

参加者にもすごいとだんだん判ってもらえているようです。

しかし、熊切さんとも話していたんですが
もう少し参加者が俯瞰の目を持ってもらいたいですね。

「俯瞰の目」

一歩引いて全体把握をする見方をしたほうがいいということです。

監督が誰かの演技に駄目だししているとするじゃないですか。
これをね聞いてない奴がいるのですよ。

監督は駄目だしを普遍化できるかたちで言おうと意識して駄目だししているのにです。
つまり、なぜこの人が褒められ、この人が駄目だしされというのを
参加人数分見るってことで監督の演出の全体~~どういう役者が求められているのか?どういう演技が欲しいと思われているのか~~がぼんやりとでもわかるようになっているわけです。

なのに役者の多くは「自分」なわけです。

まぁ、ナルシストじゃなきゃ役者やんないのかもしれないけど
普遍化できる能力ってのは必要ですよ。
同じ情報からより高次の原理を引き出す能力。

僕は同じ演出家として
今回のワークショップはとてもためになっています。

なによりも俯瞰の目でいえば
4人の監督さえも俯瞰してみることが出来る立場にあるわけです参加者は。

望月さんは今日だからまだわからないけど
これまでの3人の求めているものはほんと違う。
でも3人とも褒める人はだいたい同じなんだな。
そこに何があるか。
ちょっと一歩引いてみてみようよ。
とんでもない発見があると思う。

ぼくんところの劇団員が何人か参加しているわけだけど
ああ、って思ったもんね。
ぼくがとってもいい役者だなぁと思ってた奴の大欠点とかね発見。
本人も気付いたようで
これがきっかけに奴が変化してくれるとうれしい。

なには、ともあれ自分のことしか見てないのはもったいないよ。
人の振り見てわが振りなおせっちゅうこと。

あ、ちなみにホリラン見逃してしまいました。
ごめんなさい金子監督・・。
太郎君にかります。月曜にでも。

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2005/05/28

ワークショップ3日目。

ワークショップ。
今日は熊切監督です。
30歳最年少。

昨日はアニキ宮坂監督
参加者に大人気でした。
教え方がうまい。
ていうか参加者マゾだから
否定されると喜びます。

しかし飲み会に行こうと待っていた人たち
ごめんな。
でもお前ら根性足り無すぎ。
1人だけいつの間にか飲み会にもぐりこんできたよ。
最後までさ。
もぐりこまなきゃ。
なんで、俺がお前らのために
木村さんとバトルしなきゃいけないんだ・・・。
っつうこと。

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2005/05/27

ワークショップ2日目

昨日は夜十時に金子さんのワークショップが終わったあと
みんなで飲みにいきました。
表で参加者が待ち受けてるかと思いきや
1人しかおらず肩透かし。
その1人とスタッフ、金子監督、木村プロデューサー
そして、ゼブラーマンの撮影監督の田中さんが合流して居酒屋に。

そこに根性のある?午後クラスの数名が僕の携帯に電話してきて合流。

結構にぎやかな飲み会になりました。
(WS参加者に連絡・・・絶対、飲み会に来たほうがいいと思うよ)

金子さん、木村さん、田中さん、映画の重鎮たちから
ラフでレアな話を聞かせてもらいました。
田中さんとは真説タイガーマスクの撮影時の那須監督の話でちょっとしんみりしました。

で終電を逃しタクシーで帰ってきた僕ですが
今は脚本執筆中。もうすぐ完成です。

しかし今日もワークショップ。

今日は岸和田愚連隊カオルちゃん最強伝説の宮坂武志監督の登板です。
三池さん以上にイカレタ演出をされます。
「平成侠客伝 鉄」
は見ものです。
ちなみに脚本は木村さん(龍 一朗)です。

今日のワークショップで使用する台本。
僕がチョイスし、ワークショップ用にちょいと書き直したものです。

自分で言うのもなんですが、かなり面白い台本。
これを皆がどう料理するのか。
それも楽しみです。
記録にビデオまわしておきたいなぁ。
ゲイ達者な子が多いんですよ。
でももう少し個性ある演技して欲しい人もいる。
記憶に残らないとアレだしね。

型にはまった演技は使いやすいけど
やっぱり使われる演技なんだよね。
使わせる演技じゃない。

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2005/05/26

ワークショップ初日

本日ワークショップ初日です。

このワークショップ
四人の監督に一人一日づつ担当していただきます。

今日初日は金子修介監督の登板です。

ウルトラマンマックスの台本をつかって
役者志望の子たちの演技指導をしていただく予定。

役者志望というか
参加者にはすでに映画も主役級で出ている子もいたり
最年少は16歳から上は40代の方まで
男女入り乱れてほんと沢山の人が参加します。

いや、楽しみです。
いろいろな化学反応が起こること期待大です。
何が起こったか、また随時報告していきますんで。

   業務連絡。
   締め切りお待ちの方々。
   書く方は書く方でやってますのでご安心を。
   ちょっとだけ伸びるかもしれませんけど。すみませんっっ。

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2005/05/23

良書とは何か。

北田暁大著『嗤う日本の「ナショナリズム」
これについては、もっと早くに沢山言うつもりだった。
けれども、仕事の都合等あって延び延びになっている。

正直、内容については、まだ完全な理解に至っていない。
というか、この本は非常に不完全である。

だからアマゾンのレビューもそんなに高い評価ではない。

この混沌とした書物から
何か一定の見解を同じ土俵でひねり出すには
相当時間がかかりそうだ。

ただ、僕はこのこと・・・混沌としていること・・・・をもって、
本書の評価を下げようとは思わない。
むしろ逆である。

だから本の内容についていろいろ言う前に
ブログ的にメモっておきたいのは、
「良書とは何か」ということ
それについての僕の意見である。

HowTo本や何かのように
読者がある鋭い目標を持って読む本もあるだろう。
そういう本が良書であるためには
もちろんのこと、その目標を達成させるに足る内容かどうかということが問われる。

しかし、小説などは
明確な目標や目的があるわけではない。
もちろんホラー小説は怖がらせることに目標があるわけだが
しかし、そのホラー小説といえども
宣伝上のカテゴリーとして「ホラー」なのであって
作者的には、もっと違う何かであるはずで
そうなってくると、ホラー小説にとっても
怖がらせることは唯一無二の目標ではなくなってくる。
愛とは何かを伝えたかったり
愛の不可能性を説いてみたかったり
拝金主義を薦めてみたかったり
薦める自分を笑ってみたかったり
・・・そういう風に書いてみたけど
宣伝的には「ホラー」です。みたいな。

だから小説みたいな・・・目的関数のはっきりしないものにとって
「良書」というレッテルを貼ることは非常に難しい。

北田暁大著『嗤う日本の「ナショナリズム」
のような評論にとっても問題は同じだ。

だが、この本が僕にとって非常に良書であったのは事実。

そもそも僕は何かの明確な目的意識があってこの本を手にしたわけじゃない。
いや、少しはあって、それは窪塚洋介的な右翼精神
右翼精神というよりも、それは本書で触れられているように
もっとそれは、幼いカンカクなのだろうが、
そういうものが日本で堂々と語られ始めていることについて
なんでなんだろう?という疑問があったから
これについては、なんらかの回答の糸口があればな
とは思っていた。

で、結果、たぶん回答の糸口の糸口ぐらいはあるのだろうと思う。

しかし、この書物の中には、
思考というよりもプレ思考というか
半生の素材が沢山浮遊しており
なにか偉大な書物が出来上がる前の煮込み状態
まだ素材の型崩れが進む前の状態というか
煮はじめたばかりのシチューというか
まぁ、そんな状態なワケです。

腹を壊す人も居るだろう。

でも、同じような美味いシチューを作ることを
目指している人間にとっては
ああ、この素材を入れてみたんだなとか
この素材を入れるとあれなんだなとか
舞台裏が良くわかる料理というか
てっとりばやい関連書籍のレビューのようでもあり
受取側の目的のありようによっては
すごく有意義な書物だと思う。
無駄に情報が詰め込まれているというか。

だから僕のように
思っていることと違う何かに出会うこと
作者の意図に関係なく
情報やへたくそな解法も含め楽しめる人には
とても本書は良書だなと思うわけです。

あれ、これ、くさしてんのかな?

そういうわけじゃないです、
ほんと、読み返したくなる本です。

とくに本の結論が結論にふさわしくないので
ここを自分なりに書いてみる楽しみがある。
そいういう意味で不完全さを楽しめる思索創作系の人には
ぜひともお勧めの本です。

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2005/05/17

村上秀晃監督「ホーリーランド」第7話

ユウこそが一番凶暴凶悪な存在・・・魔王なのかもしれない。 それは永井豪先生の「凄ノ王」のような構造。
前回書いた。

そして今回、さっそく物語は「凄ノ王」的な事態になる。

シンちゃんがぼこられ重症になるという事態だ。
「凄ノ王」では、主人公の彼女が、主人公の目の前でレイプされる。
これが主人公の魔王としての超能力を発動させるきっかけとなる。
親友と彼女という違いはあれ、親しきものがやられぶちきれ
パワーを発揮するというのは、定番だろう。
マッドマックスやジャッキーチェン。

つまり、ユウにとって暴力の意味が変容する。

いままでは、存在意義みたいなものである。
昔はいじめられっ子だったし、いまでもいじめられっ子体質だけど
でもこんぐらいには強くなったから(ていうかすげー強いのだが)
「ここ」にいてもいいよね。
そのパスポートとしての暴力。

暴力は、すでにいる住人たちに
遠慮がちな視線を向けつつ提示する
「ここ」にいるための切符に過ぎなかった。

しかし、こっからは違う。
街の住人たちに対する逆切れだ。
「よくも俺の親友をやってくれたな」という。
そのために使われるのが暴力となるのだろう。
復讐がテーマになるのか?
それはわからない。

米国がテロの犠牲者なのか
それとも米国自体がテロ国家なのか
という議論と同じようなことになるのかもしれない。

つまりユウは正当な復讐者なのか
それともヤリスギ君なのか。

どうなっていくのだろう?

やはり、今後も「ホーリーランド」は要注目な番組なのである。

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2005/05/14

諸事情

村上秀晃監督「ホーリーランド」第7話。
ちゃんとリアルタイムで見ました。
相変わらず面白く。
また前回僕が予言しているように
「凄ノ王」の展開になってきました。

詳細な感想はまた明日夜ぐらいに書きます。

もうしわけない。

諸事情により今から仕事ですーーー。

さようなら。

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2005/05/07

金子修介監督「ホーリーランド」第5、6話

「街は僕に何をさせるつもりだろう」

神代ユウは言います。

これまでも街に居てもいいかどうかを
彼は問題にしていたので、うすうす、
それを許可する主体は誰なのか?
ということが気になっていました。

神だとか倫理体系だとか
大衆だとか

そうではなくて「街」なのです。
ユウを許す主体は。

しかも
ユウの口から
「ここに居てもいいような気がする」
というような発言さえあって
この第5、6話で物語は次の局面に移行します。
具体的な「居かた」
「どのようにして街にいるか」
みたいなことが問題になってくるんじゃないでしょうか。
たんに「居ていいかどうか」
ということよりも問題は深くなってきています。

それにともなって
ユウがヒヨワだけの存在じゃなくなっているような気がします。
演出なのか何なのかわからないけど
ユウが開き直っているというか
貫禄というようなものさえあるように見えます。

よってたかって不良たちがユウを狙うのは
ユウ=街の王
であることを薄々、不良どもが気付いているからなのかもしれません。

ユウこそが一番凶暴凶悪な存在・・・魔王なのかもしれない。
それは永井豪先生の「凄ノ王」のような構造。

魔王となるか善王となるか。
それがユウがこれから決めるべき「居かた」なのかもしれません。

そしてユウの「居かた」を左右する仲間が徐々に集まりつつあります。
5話でぶったおした柔道ヤロウも「いいひと」だし
6話で倒れた空手ヤロウはユウと手を組もうとする。
伊沢マサキもベストアドバイザーとしている。
そして、ちょっと卑怯だけど憎めないシンちゃん。

ふと思ったんですが
ユウたちの仲間は皆、シンちゃん以外は
ピンで名の売れているやつらばかり
つまりチンピラどもは名前がないが
ユウたちは名前がある。
名無しV.S.名有り
の闘いなのか?
何かありそうだがまだ判らない。
これは今後の楽しみ。

ちなみに
女の子が絡まないところが
金子監督っぽくないですが(勝手なイメージですが笑)
繊細なタッチで描かれるヤロウどもの関係性が
那須監督とはまた違って面白いです。

「街がなにをさせようとしているのか」

これが次回からの物語の焦点になるでしょう。

ちなみに金子監督のblogにあるように
第6回は、実に「痛い」回でした。
すぐに他人の痛みにシンクロする僕は
左ひじがグキリと痛くなりました。

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まもなく!!

ホーリーランド第6話です。
ぜひともチャンネルはテレビ東京に!!
まじおもしろいから。
一応、あらすじはここで予習しておいてね。
 ↓
http://www.tv-tokyo.co.jp/holyland/

あと、これまでの
僕の感想。
http://alotf.cocolog-nifty.com/nikki/2005/04/post_2.html
http://alotf.cocolog-nifty.com/nikki/2005/04/post_2f1e.html
http://alotf.cocolog-nifty.com/nikki/2005/04/post_4e31.html
http://alotf.cocolog-nifty.com/nikki/2005/04/post_65af.html

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2005/05/06

シベリア少女鉄道「笑顔の行方」

初日ですよ。色々あったと思います。
たぶん映像とかちゃんと出ていなかった。
なんとなくやりたいことは伝わった。

この劇団、
いろんなところで
すごく褒められていたので
ぜひとも見たい劇団でした。
昨年は真説タイガーマスクの撮影で
急遽行けなくなってしまっただけに
ぜひとも今回は・・・という勢いで向かった。
しかし、結果は・・・・。

暗転が無駄に長いし
なにかトラブってんのかなと・・・。
そこそこ笑いはおきていたけど。

いや、なんつうの。
子供演劇ですか、これは?
映像も照明も演出も脚本もしょぼいし
プロジェクターのフタがパカパカ見えるし
お前らアロッタファジャイナかってぇの
あ、それオレの劇団だった。

たぶんトラブルのせいでこうなのであって
(自分たちも似たようなトラブルがあったし)
本当はとっても面白いはず
と思おうとするが
しかしねぇ
やりたい事が見えるだけに
トラブルがなくても決して面白くなかっただろう
ということがわかる。残念。
まぁ、演劇って日によって違うから
今日で判断することは出来ないけど。
可能性がなぁ・・・感じられなかった。
うまくいったら面白いのだろうか?

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2005/05/05

フランシス・ローレンス監督「コンスタンティン」

フランシス・ローレンス。
ミュージックビデオの監督らしいです。
本作品も、映像的な課題を自分に課している感じがして
また、それをちゃんとクリアしていてすごいなと思います。

 →監督のインタビュー

悪魔、天使、地獄・・・
というようなものを具体的に見せてくれる。

キリスト教的な背景があり
知らない人には楽しめない風な意見もあるようですが
僕はそんなことないと思います。

悪魔・・・現実社会の悪いことを引き起こす霊的な存在

地獄・・・現実とパラレルに存在する負の精神世界

というような感じでぼんやり理解して
みてりゃ、ふつーに面白いと思える映画です。
とくに何か文献をひも解く必要もない。
人類共通の無意識に身をゆだねれば楽しめる作品。

コンスタンティンとかガブリエルとか
その名前にはそれ相応のキリスト教的世界が
ぶぁーっって広がっているんでしょうが
そんなの知らなくても別にかまいません。
知ってたらまた別の世界が見えるのかもしれませんが。

逆に、キリスト教的な理屈にこだわりすぎた
終盤のやりとりは画的にはたいして面白くなく。
なるほどというような、
本を読んだときに感じる面白さはあるにしても。

やっぱり映画は理屈じゃなくて画だなぁと思ったわけで。

コンスタンティンが癌にかかっており
咳ばかりする姿に那須さんの姿を重ねて
映画見ながら
すこしだけ個人的な方向に行きかけました。

あとこれから見る人は
最後の最後まで席を立たないように。
日本以外の国でも
ああやって映画最後まで見ないで帰っちゃうんだろうか?疑問。

あと、リアルエクソシストに関しての報告。
    → オカルト・ニュース
めちゃくちゃ興味深いblogです。この人は何なんだろう。
知識豊富すぎなこともオカルト。

コンスタンティン@映画生活

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2005/05/02

唐組「鉛の兵隊」@花園神社

時間さえあえば見に行くものと決めている。
僕にとって
そういう行事のようなものとして、唐組はある。

久々に父親にあってラーメンをおごってもらう。
そんな感じすらある。

ひとつの古典芸能として
その時代に立ち会えなかった人間として
経験はしていないけれども
なんだか「懐かしい」
それに出会うために、僕は唐組に行く。

正直に告白してしまうけど
僕は唐組を見に行って
一度たりとも、その内容を
ストーリーを理解したことはない。

開場までの時間。
暗い杜に人々が集まり
そして赤いテントにひとりひとり
入っていくときの胸の高鳴り。
ぎゅうぎゅうづめのゴザの上。
朗々と響く男たちの声。
待ってました唐十郎の掛け声。
情熱の詩。
音と光。いつものやつ。
だんだんケツが痛くなる。
足もしびれたり。
もぞもぞと動かすと
見知らぬ人と手が触れて。
そして切ない終わり。

唐組はいいなぁ。
時代に挑戦するとか
そういう気構えが
一切ないのが気持ちいい。
そして逆にそれが
時代への挑戦になっちゃったりしているけど
それはそれ、
唐組にとってはあずかり知らぬこと。

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