わたしは真悟の舞台化と那須さん
「わたしは真悟」の舞台化の許諾を楳図先生からいただいたのは去年の八月だった。
那須さんに監修をお願いしたのは、もちろんデビルマンの公開もあったし那須さんの名前があること自体がマスコミ受けしそうだし・・・という広報上の計算もあったし、那須さんと僕はデビルマン以降一緒に絡んだ仕事がなかったから、ここで無理やり、芝居でもいいから一緒に仕事をやったという事実を作ってやろうという気持ちがあったからだ。
ただ、せいぜい300人程度しか集客のない我が劇団である(結果として「わたしは真悟」では600人に迫る観客を動員できたわけだが)。那須さんが監修を引き受けてくれると言っても、名前だけ貸して、あとは自由にやらせてくれるのだろう。そうおもっていた。
が、それは甘かった(笑)
そもそも「わたしは真悟」を読めと僕に教えてくれたのは那須さんである。「わたしは真悟」に対する思い入れもかなりあった。那須さんはまるで自分が監督する映画であるかのように、脚本に駄目出しをし、キャスティングにも意見を言ってくれた。「言ってくれた」と今日の今なら言うけれど、当時は、言ってきやがった、とかそんな荒ぶる魂的な感情だったわけだけれども。
那須さんのキーポイントは上野未来と楳図先生をもっと使えということに付きました。
僕としてはやっぱ原作があるし、原作はサトル中心だから、そういう話にしようと思っていたし、那須さんが書き直しを命じたときにはすでに練習も始まっており本番前一ヶ月を切っていたから、正直このまま直さずにいきたいなと思っていたし、なにより楳図先生もサトル中心は譲らないだろうと思っていた。
しかし、結果は、楳図先生と那須さんの言うことはかなり似通っていた。
で、那須さんの指摘する方向で直したのが最終的には完成稿になったわけだけれども、とくに「佐渡島」のシーンは原作と違う趣になっている。しかし、その変わり方には、多くの原作ファンも納得してくれたし、かつ新解釈を生むことが可能なストーリーになったとも思う。
僕自身、那須監督の「デビルマン」については正直感動したとは言いづらい。
もちろん、あの映画が良かったと言ってくれる人もいて、実際、那須さんから貸してもらって家で見たビデオは3時間近くあったしCG部分がなかったが、かなり味わいのある人間ドラマになっていた。
とは言うものの、なにはともあれ結果である。
やっぱり那須さんが「デビルマン」でデビルな烙印を押されるのはいたしかたないような気もする。那須さん本人もそのことはわかっているから、しかもいろいろな利権がある映画であって、その操作が難しいのは承知の上で請けた仕事でもあるから、もはや他人のせいにするつもりはなかったのだと思う。ただ早く次の良い作品をとって、デビルマンはあれだったけど、那須の作品そんなにわるくないね、とか言われたかったのだと思う。早く言われたいがために、無理をして真説タイガーマスクの撮影をし、映画の企画をたて続けに立ち上げて・・・・・病院に行くのが遅れた。遅れたっつうか、判ってていかなかったというようなフシもあり・・・。
まぁ、いつまでも繰言を言っていても仕方ない。
とりあえず、僕らの芝居「わたしは真悟」のDVDを見てください。
那須さんが直したからこそ(+僕の才能があればこそ+すばらしき原作があればこそ)のラスト30分です。
DVDはHPで売っています(って宣伝かよ!)
→ここでうってます。
いまんところ、これが那須さんと僕の最新共同作品です。
真説タイガーマスクも近いうち出るみたいですが・・・。
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コメント
世の中不思議ですね。小さい時から、何の根拠もないのに、自分が、今の状況になるのを感じていたのですから。漫画なんて、小さい頃ほとんど、読んだことないですから。野球やサッカーばかり、夢中でしたから。
投稿: 鶴45 | 2005/11/14 05:33
むむ、なぞなコメントですね。
投稿: まつがえ | 2005/11/15 22:15