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2005/03/24

キムチ

22日中に上げるはずの劇場用映画のプロットが
23日の朝10時にようやく上がった。
いつもながらぎりぎりで間に合わないのが僕である。
とりあえず送るべき先のプロデューサーに
プロットとイメージ画像をメールで送り電話で送った旨を伝える。
この打ち合わせは24日(って今日だね)。

23日は夕方から
木村俊樹プロデューサーに会うことになっていた
ので4時間ほど睡眠。
起きると雨。寒いし。

木村さんとは、2003年の6月に那須監督の紹介ではじめて会った。
那須さんはデビルマンの現場で僕がばらされないように
いろいろ工作頑張ってくれたが
結局は監督ではないところの判断で僕の首切りが決まった。
那須さんは
「すまんなぁ、がははは」
と笑って僕を木村さんに預けたのである。

那須さんが練習しとけよと僕に買わせたカチンコはとうとう
テスト撮影のときにしか使われなかった。
(その後、木村さんに貸したら返ってこなくなった・・・か、返してください(笑) )

今日の木村さんとの打ち合わせは
具体的に何か案件があるというよりも
人生相談?みたいなもの、というか
那須さんの死もあって心配してもらっている。

那須監督が父ならば
木村さんは兄貴だと思っている。
本人は思われるのが嫌だと思うし
「お前みたいな駄目人間は弟じゃねぇ」
とかなんとか憎まれ口をききそうだが
そういうところも「兄貴ぃ」な感じなのである。

とても優秀なプロデューサーで
その伝え聞くイメージはかなりの年を食った人のイメージだった。
しかし実際あった木村さんは若く一見優しそうに見えた。
いやいや一見じゃなくてとても優しい。

三池 崇史: 監督中毒
三池 崇史: 監督中毒

これとても面白い本なのだが
木村さんのことにも触れられている。
三池さんはその独自の映画スタイルをキッチリ作ってきていて
だからこそ巨匠になっていってるわけだけども
人生の途中で何かブレイクするきっかけというのが
やっぱりあり、それは「D.O.A」がひとつのきっかけになったのだろうと思っている。

で、この破天荒な映画を作ったのが木村俊樹プロデューサー。
また脚本も龍一朗の名前で書いている。

那須さんに紹介してもらってから
木村さん所では修行とも思えるほどの
大量のプロットを書いてきた。
基本的に没。
コテンパンにやられて
木村さんところに行くと思うと鬱な感じになるときさえあった。
木村さんところである打ち合わせを
僕は個人的にキムチと呼んでいるが
かなり激辛のキムチであることは間違いない。
しかし僕は激辛キムチ好きのマゾでもある。

そして辛いだけじゃなく、やめられなくなるほど美味いのがキムチ。

実際、木村さん所では
決して授業なんかじゃ教わらない映画製作の秘訣や
物語創作や脚本作りの実践的な考え方を学んだ。

遠藤憲一さんと小向美奈子さんが主演の「集団殺人クラブGROWING」
遠藤憲一さんと吉野紗香さんが主演の「集団殺人クラブ最後の殺戮」
では、木村さんの事務所に泊まりこみでシナリオを作成した。

木村さんが話の大筋を決め
「じゃ、シーン38からシーン42まで書いてみて」
みたいな感じで言われて僕がパソコンで打つ。
必死で考えながらシナリオを書いていく。
その横で木村さんは腹筋と腕立て伏せとシャドウボクシングを始める。
「できた?」
「ま、まだです」
しばらくカタカタ、そして腹筋・・・
「まだ?」
「もうちょっとです」
「早くしろよ」
と僕の頭の横で今にも当たりそうなシャドウボクシング。。。
「で、できました」
「どれどれ」
とパソコンの前の席を交代。
緊張の時間が流れる。。。
「だめ、ぜんぜん、だめ」
ていうかんじで、もう1回書く・・・

夕方6時をまわると
木村さんはビールを飲み始める。
それが焼酎に代わる。
「よし、飯食いに行くぞ」

居酒屋で、
これから書かれる物語の展開について再検討する。
最後に
「よし、これで書けるな。
 今日は寝て明日一気に書こう」

寝るのは事務所の床。

起きて、木村さんの第一声
「やっぱ、こうしよう」
「え?」
もう、昨日の展開で頭ができあがっていた僕は動揺。
しかし、僕は木村さんの物語創出力というか
映画をプロデュースする能力に憧れを覚える。
決してタレントにペコペコはしない。
良い映画を作ることにおいて
キャスト、スタッフ、監督を集め
必要な資金を集め
脚本を書き
隅から隅まで映画を作るということで充満している。
自分が主体として映画を作る、その意志がある。

海外ではブラッカイマー作品というように
プロデューサーが監督よりも先に立つことが多いような気がする。
というか日本でも脚本の並びではプロデューサーのほうが監督よりも先である。
先にかかれる人間は原作者は別として
出来上がりの映画に影響力をもてるし
また影響力を行使しなければならないし
当然出来上がりについては監督以上に責任を問われねばならないと思う。
そしてその見返りとして
当然、映画があたったときの功績もプロデューサーに多く依存することを認めなきゃいけない。
三池さんもそれを認めているし職業監督としての責任と自負がある。
それが三池さんを芸術家なんて鼻につく存在にはせずにいる。

僕の好きな映画に「ラリー・フリント」があるが
これなんか明らかに監督ミロシュ・フォアマンの映画というよりも
製作者オリバー・ストーンの映画だ。

まぁ、なにはともあれ
那須さんが木村さんを紹介してくれた。
映画製作者たる精神かくあるべし。
そういうことなのだろうと思っている。

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コメント

I have learned about this at school today!

投稿: jeb13677 | 2005/04/01 23:27

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