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2005/02/27

逆説的ストレス解消法

ストレスとは何か。

精神緊張・心労・苦痛・寒冷・感染などごく普通にみられる刺激(ストレッサー)が原因で引き起こされる生体機能の変化。一般には、精神的・肉体的に負担となる刺激や状況をいう。三省堂提供「大辞林 第二版」

「ストレスの解消方法を考えはじめてる」
ってのは、それだけで
かなり現状に対してアップアップになっていると言うか
「受身の体制」
になっているってことの証拠だと思う。

「攻めの体制」になっていると
たとえば僕みたいに
自分の映画の企画通さなきゃきゃとかやっていると
受けるストレスてのは大きくてもちろん当然ストレスなんだけど
それはそれで「戦いの対価」、刀傷みたいなもんで
戦争に行くんだから傷ぐらいつくさと思っているんで
ストレスは大きくあるんだけど、当然っていうんですか?

「攻めの体制」をとっている人にとっての
ストレスの解消は、
「より大きな獲物を獲得する」
「目標を達成する」
ことによってしか解消はされない。
ような気がする。

だから
ストレスを解消するには
ストレスを解消しようと思うんじゃなくて
ストレスをものともしない
でっかい獲物を追いかけることが
いいんじゃないかなと思う次第。

つまり攻めの姿勢で生きるとストレスって
気にせんでも良くなると思うとです。

逆説的ストレスの解消方法=
夢と希望あふれまくる
どできゃー人生目標をたてる。

どうでしょうか?師匠。

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良いストレス

僕はストレスがないと脚本かけません。
締め切りが明日・・・てなるまで書けない。
こないだ木村俊樹プロデューサー、
石川均監督と話していたらみんなそうだった。
みんなぎりぎりまで書かない。
いや書かないって言うか書けない。

でもヤバイ!胃が痛いってなって
エンジンかかるんだよね。

早め早めにやれって思うけど
なかなかね。

いえ別に誰かにたいする言い訳で書いているわけでもないんですが。

ていうかこれストレスって意味と違うのかな?
いやストレスだよなぁ、やっぱり。

 つづき→逆説的ストレス解消方法

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2005/02/26

イニャリトゥ監督作品「21g」

駆け出しとはいえ脚本家である。
芝居では演出もする。
将来的には監督もプロデュースもしたい。
だから、どうやってこの作品を作ったのかな?と
常にどっかで考えて映画を観る。
それが良いことか悪いことかは判らないが
そういう風に観てしまうのは止められない。
もちろん映画を楽しむことにかけては
どんな観客にも引けを取らないつもりである。
批評家としてではなく観客として
映画や芝居を楽しむこと。
エンターテイメントの作り手として
とても重要な能力であるような気がする。

イニャリトゥ監督。
「アモーレス・ぺロス」の監督である。
言われれば確かに似た臭いがある。

この作品
構成、時間軸をごちゃごちゃにすること。
これについて語られることが多い。

ぼくも観ながら考えた。

(1)脚本はどのような「構成」で書かれているのだろうか?
  例えばもともとの脚本は
  時間軸どおりに書かれているが
  それを編集時に並べ替えただけかもしれない。

(2)このように「構成」を変えることによって何が言いたいのか?
  あるいは言いたいことなんか別に無いのか?
  つまり「構成」自体は「仕掛け」にすぎなく、
  別に何か特別言いたいことがあって
  この「構成」を採用したのではないかもしれない。

まず、時間軸に逆らう構成変更ということで言うと
「メメント」とか「パルプフィクション」とかいくつかの作品があったりする。

とくに僕は、
僕の好きなギャスパー・ノエ監督の「アレックス」を思い浮かべる。

あれは時間構成をグチャグチャにすると言うよりも
時間構成をまったく逆にする
因果関係を逆にする
と言う方法だった。

「時はすべてを破壊する」

というフレーズがラストに出てくるのだが、
つまり、「アレックス」は、レイプ事件を扱った物語であるとともに
「時間」という哲学的な概念を考えさせる映画であったとも言える。
しかも、それは、監督やプロデューサーの「ねらい」として。

同じように思う。
「21g」を見ていて
構成が
たんにグチャグチャにされたものではなく
ある意図を持って再構成されたものであることに気付く。
それは映画の中の表現でいうと
「それでも人生は続いていく・・・」
そういうことだ。

「アレックス」と同じように「21g」は
このような構成を採用することによって
物語であるとともに、「生と死」を直接取り扱う稀有な作品となった。

(1)については
脚本の書き手として非常に考える。
まぁ、思うのは、はじめは時間順で書いておいて
あとで構成を組みなおすと言う方法だ。

実際、21gのシナリオは3通りあるらしい。

実は脚本が3つあって、一つは出来上がった作品のように時間が交錯するもの、もう一つは各人物一人一人の物語の通りに進んでいくもの。それからシューティグ・スクリプトという僕が撮影をする通りに書かれた脚本があったんだ。観客を混乱させないようにする方法は、う~ん難しいな。物語が進む通りに書かれた作品でも、人を混乱させるような作品は沢山あるからね。とにかく言いたいことをクリアに表現する、これが重要なことだと思うね。(イニャリトゥ監督談話)
ということで少々一安心。
こんなすごい脚本を頭の中で構想して
書き下ろしたと言うなら、
ちょっと想像も付かないすごさである。

いずれにせよ
この映画は観ておいてソンはない。

僕的評価=★★★★★

満点である。
確実にイニャリトゥ監督の作品は
今後ともチェックしていかなくてはならない。

P.S.言い忘れたが
    心臓が痛くなる作品なので気をつけたほうがいい。
    僕は冒頭から比喩としてではなく
    物理的に心臓が締め付けられた。
    先日友人と携帯電話で医療機器が止まるってほんとかいな
    と笑いながら話していた。
    友人は笑いながら、
    「俺実は胸にペースメーカー埋め込んでいるんだ」
    びっくりした。
    「さわってみろよ」
    とぼくの手を引く。
    「いいよ」
    言ったが無理やり触らされた。
    「!」
    僕の額を脂汗が伝う。
    心臓が本当にきりきりと痛んだ。
    同じ痛みが
    この映画をみて僕を苦しめた。

21グラム@映画生活

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2005/02/25

雪の日の午後

上野未来からメール。
楳図かずお先生原作の映画で主演
撮影がんばっているらしい。
今日も朝7時半からの撮影だそうだ。

僕も現在楳図先生の某作品の映画化に向け
脚本を書いている。現在第4稿。
僕のような新人が1人で脚本を書かせてもらうには
ちょっと規模の大きい映画。
ラッキー。
僕の人生になくてはならない言葉。
このめぐり合わせにとても感謝している。

小学館の人格者IKKI編集長江上さんを通して
僕の脚本に関する楳図先生の駄目出し。
「松枝さんはいま苦しまなきゃいけない時期です」
というシマシマ先生の言葉に感謝。

昨日午後は別件映画企画の打ち合わせ。
四谷三丁目にてプロデューサーの木村俊樹さんと。
男っぽくハードな映画。
かの名作「DEAD OR ALIVE 犯罪者」を髣髴とさせる。
木村さんはDOAのプロデューサーであり脚本家でもある。
僕のほうは来週月曜までにプロット作成。

木村さんとの会話はとても楽しい。
たぶん彼と話をしたくて
たくさんの人がこの事務所に集まるに違いない。
昨日も話している最中に
映画監督の石川均さん来訪。
劇団のこと。石川さんの次回作のこと。
ほりえもんのこと。在日韓国人のこと。
いろいろ話す。
飲みに発展。いつものこと。

庭劇団ペニノの役者兼制作担当の野平さんに相談。
かなり有意義なコメント。
変人偏屈だが合理的であり納得。
5月の芝居へのスタンスを考え直す。

ほぼ終電で帰ると雪が降っている。
すべる。

望月六郎監督の最新作「新地(仮)」の脚本は
石川均監督が書いている。
その撮影台本を読む。
おもしろい。
シナリオがこんなにもおもしろくて良いんだと感動すらする。
撮影はもう終わっている。
楽しみである。

今日は今から某映画会社の某プロデューサーと打ち合わせ。
月曜日に、原作映画化権取得のため
小説家の某さんに会うための戦略会議。

たまには日記っぽいこと書いてみた。

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2005/02/24

美しいとはこのことだ。

海が美しい。
海のある島が特に好きです。
島好きというか島フェチとさえいっても過言でない。
最近、とっても気に入っているのが
この写真集。
いいです。
最高です。
見るだけ見てください。
: 世界の島々―世界名景紀行
世界の島々―世界名景紀行
島好きにおすすめの写真集。最高です。 (★★★★★)

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2005/02/23

脚本直しの過程(1)

さる美人女流漫画家が
実写デビルマンの脚本の準備稿初稿を書いたことを以前言った。
その続きである。

まず初稿はほとんど全てのエピソードを網羅していたが
三部作をあきらめ、2時間一本にしなければいけないという
至上命題から、これを削っていかねばならないことになった。

その際の指針としては
「実録」
ということ。

これは前回のデビルマン秘話シリーズで書いたように
僕の作った「図説デーモン白書」を
参照しながら、脚本の中のエピソードの優先順位を決め
削るものは削ると言う作業、
そして説明の足りない部分については
新たにエピソードを加えると言う作業を行うことになった。

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2005/02/22

堀江貴文の乱

球団のときもそうだったけど
今回もほりえもん、やばい感じになってきています。
負ける・・そういうことになると
がぜん応援したくなるのは判官ビイキっていうの?
ちょうど義経もやってるし。判官ビイキの時代。

いや、ほんと、詰めが甘いんだッちゅうの。
ほりえもん。
あと憎まれ口たたきすぎ。
揚げ足とられすぎ。

「メディアの再編」ていうけどさ
何をどう再編するのか言ってくれないと。

よく
番組放送中に携帯でやりとりして
番組に視聴者の意見をすぐに反映させたり・・・
とか言っているようだけど
そんなのやってるじゃん。
少しも画期的じゃないよ。

いまのフジテレビ、ここがおもしろくないから
しかもそこが、いわゆる既得権益保持者によって
おかしうなっているから既得権者でない
ほりえもんが実権を握ることで
こう変わる・・・て言ってくれないと。

若者のほりえもんに対する期待が多いのは
若者の多くは既得権者でないから。
非既得権者という同じサイドの人間として応援している。

若者の多くは不満を抱いている。
みんな問題の構造を具体的に把握しているわけではないが
自分たちの不満が
何か大人たちの作った社会に張り巡らされた「何か」
それが存在することによって
息苦しい
盗んだバイクで走り出したい
そういう気持ちになるような「何か」
があることを薄々気付いている。

だからほりえもんに期待する。
僕もたぶん同じような戦いの中に居るものとして
ほりえもんを支持したい・・・が
どうだろう。
あまり頭の良い戦い方には見えないのだが。

僕にはフジテレビが敵であるように見えない。
だって結構がんばってるんじゃないの?
NHKとか官僚システムは敵な気がするが。
いや、それさえ、若い人たちはミカタナ気がする。
自民党さえ敵じゃない気がする。
敵はもっと歪んだ形で微妙に広く薄く存在する。
ハリウッド的でない不快な形で
不明確に曖昧に、しかし確実に存在する何か。
僕らはそいつらと戦わねばならない。

だから敵対的買収なんか仕掛けないで
もっと協力的な方法でなんかできなかったんだろうか?
日枝さんは味方になりうる。
たぶん、旗の挙げ方をほりえもんは
間違ったのだと思う。

とは言うものの
ほりえもん、すごいと思うよ。
フジテレビ会長から政治家から
いろいろ引っ張り出してきて
対等に渡り合う。
なかなかできるもんじゃないですよ。

 p.s.テレビで出ていたホリエモンのお父さん素敵でした。
     がんばれホリエモン(おまえもな、あ、おれか)。

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2005/02/20

長塚圭史作演出「悪魔の唄」

はっきり言っておもしろくなかったです。
たぶん僕だけの感想じゃない。
こんぐらいの規模の芝居で
拍手が1回で終わったのは初めてだったし。
ふつうファンが多いから
つまんなくても何度も拍手のアンコールがあるものだが
みんな拍手も早々に帰って言った。
「おもしろかったね!」
聞かれるはずの熱い言葉はどこにも無かった。

とはいうものの
長塚圭史さんの才能は垣間見ることのできた舞台でした。

内容うんちゃらに触れる前に総括すると
僕が勝手に想像するに、
こんな芝居になっちゃったのは
こんなことなんじゃないかと思うわけです。

長塚圭史さんの優れた発想と着想とタイトル
 ↓
プロデューサー?たちがイイね!
と言ってキャスティングとかをバンバン進める。
 ↓
けっこう忙しい長塚圭史さん。
 ↓
時期が迫る。
 ↓
やばい、やっちゃえ、ってヤル。
 ↓
こんな芝居になる。
つまりですね。
勝手な想像なんですが

ほんと長塚圭史氏の
イイ着眼点とイイ発想を
うまく「熟成」させるための
期間とサポートが無かった。

それが今回の駄目な感じの原因かなと。

芝居3時間近くあるんですが
これだってけずりゃいいのに
削る暇が無かったのがありありです。
で、割を食うのは客なんですから。

さらに言うと
「こんなんか」
思われてしまう長塚圭史さん可哀想です。
プロデューサーサイド
育てるっちゅうことを考えるべきでしょう。
食べるもの無くなって
あわてて新芽を摘み取って
一時しのぎにはなるけど
結局1年後
森が全滅しちゃった・・・
みたいなことになりかねない。

森林を育てましょう!

なんて偉そうですが。ごめんなさい。
単なる個人的な感想と憶測です。

沢山のいいぶぶんと沢山の悪い部分とあったんですが
具体的にとっても気になるのが

設定やセリフが安易なこと、いいかげんなとこ。

今回、長塚圭史さんがインタビューとかでも発言しているように
日本人にとって国家とは何か。
みたいなことの問いかけが、
この物語創作の最初にあったんだと思います。

しかし、その割りに
旧軍のひとたちの芝居中での扱い、発言が
非常にステレオタイプ。
ちょっと勉強すりゃ、
あんな日本人、戦前にいなかったと言うのがわかります。
そんな薄っぺらい人間を持ってこられてきても
こっちは感動もホラーもないです。

長塚圭史さんとか僕らの世代、若い世代が
戦前の日本について知らないのは当然です。
学校では教わらないですから
ウソしか教わらないですから。
右でも左でもいい。
勉強するんです。
した上で、ぜったい発見がある。
ドラマがある。
しかし、今回の「悪魔の唄」には一切それが無い。

右とも左ともいえない複雑な
苦虫を噛み潰したような状態。
それが現実でしょう。
そんなの空想じゃ書けないよ。
勉強して取材して悩んで苦しんで時間をかけて
そして紐解いていくんです。
それがない。

オリンピックやワールドカップのとき、日本人が国旗を掲げて応援するじゃないですか、ひたすら日本、日本って。そのへんが、僕にとってはちょっと違和感があるんですね。なにをもって、日の丸をどうとらえているのか、とか。別にそれがいいとか悪いとかじゃなくてね。なんか、そこに妙な違和感があるのはなぜだろうと思って。その違和感の、とっかかりでも見えればいいなと思ったんです。(e+長塚圭史インタビュー)
長塚圭史さん、
いや、あえて呼び捨てにするが、
長塚圭史、
「違和感の、とっかかりでも見えればいいなと思ったんです」
っていうじゃない?
でも
あんたの芝居じゃ、それ少しも見えてませんから~~残念っ。
「悪魔の唄」みてげらげら笑っていたネェちゃんたちは
次の日平気でサッカー見てニッポン!ニッポン!言いよるよ。
何の疑問もなくね。

もちろん
旧日本軍の人たちが出てくるのは
別に国家うんぬんを言いたいわけじゃなく
まぁお笑いコントに医者と患者が出てくるみたいな
そんなレベルでしかないよ、素材だよ
って言う逃げ方は当然ある。

まぁ、そんなことはさすがに言わないだろう。

しかし光る着想沢山ある芝居だった。
こっからはバリバリネタバレだから。

ある山荘に引っ越してきた夫婦。
妻は実は精神を病んでいる。
夫婦中は険悪。
山荘に勝手に上がりこんでいる若い夫婦がいる。
妻は美しく、そして古い唄を歌う。
誰かを待つ思い。その唄に託して。
唄をやめさせようとする夫。
夫は妻を愛していた。
その唄は戦争に行って
結局、帰らなかった男=妻が結婚する前に愛した男
その男が好きな唄だった。
妻は男を愛した。
男が帰るのを待った。
だが男は戦場で死んでしまった。
帰らない男に痺れを切らし
他の男との結婚を選んでしまった女。
そのことに対する後悔。
だから死してなお愛する人が戦場から帰ってくるのを待つ。
幽霊になって男が帰るのを待つ。
それを阻止しようという夫もまた幽霊。
幽霊の女は山荘に引っ越してきた男を騙し穴を掘る。
なぜか?
それは男が死んだ戦場。
それがこの山荘の真下だったから。
愛する男たちは特攻の夢をたずさえたまま
飛行場を飛び立つこともなく爆撃で死んだのだった。
その男たちがよみがえる。
掘り出された穴から出てきた男たちは
幽霊ではなくゾンビとしてよみがえる。
そしてなんと「ゾンビとしてよみがえった死人」には
「幽霊としてよみがえった死人」が見えない。
幽霊にはゾンビが見えるが。ゾンビには幽霊が見えない。
愛する男を蘇らせた幽霊の女。
しかし愛する男はゾンビとして蘇った。
だから幽霊である女が見えない。
幽霊とゾンビのもどかしい愛。
再会。
それを阻止したい女の夫は
ゾンビが太陽の光を浴びれば死んでしまうことを利用する。
全ての窓を暗幕で隠し
昼を夜と思わせる。
騙されて出て行く男たち。
憎き敵に体当たりのできる爆撃機があると喜び涙する。
遠い昔。
アジアの民族を解放する聖なる戦い。
その言葉、国家に裏切られて死んだ兵士たちが
今度こそはと信じた言葉にまた裏切られる。
裏切りの暗幕が落ちると
真っ白い太陽の光が
じりじりとゾンビたちを焼きつくした。
太陽に裏切られた男たちは
またしても太陽に裏切られた・・・。

ちうような話ですよ。
これがなんであんな芝居になっちゃうのかね。
最初は笑いなしで行こうと思ったらしいけど
笑いを足したのは、いまいちストーリー部分だけで
金取れる方向に行かなかったから
なんだと思うけど、いけるっすよ。この着想なら。
あとルールを大事にしたい。
どうなったら幽霊になりどうなったらゾンビなのか。
ゾンビから幽霊が見えないなら、それは見えないで徹底。
なんでもありっていうのは観客はそれで良いって言うかもしれないが
作り手は自分を律しないと。何でもありはやっぱ駄目。

つーことで
実に残念。

なので
僕的評価=★☆☆☆☆
5点満点で1点。

一個の★は
着想の良さと小島聖さんたち役者の頑張りに。

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2005/02/17

新しい・・・

こんなページを作ってみました。

 → こんな・・・

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2005/02/16

堀江貴文社長v.s.フジテレビ

銀行辞めて以来、
経済の話はあんまり聞きたくない僕ですが
ほりえもんはおもしろすぎです。
どっちかっつうとどっちの肩持ちたいですかね?
僕はおっさん好きなんで
フジテレビの日枝会長頑張れだったりします。
まぁ、なんとなく、
どっちかっつうとレベルでのことなんですが。
透夜さん、猫ぴさんはどっちですか?
(といきなり名指しできいてみる(笑))

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2005/02/12

図説デーモン白書

ぼくが東映東京撮影所の
那須組スタッフルームに入って最初の仕事は
「図説デーモン白書」
なるものを完成させることでした。

そもそもこれがどんな目的でなされた仕事なのか。

まず那須監督が決めたデビルマン映画化の方向性は「実録」。

つまり、デビルマンには
神や悪魔やデーモンやなんかの言葉が出てきますが、
これを子供だましの絵空事としては描きたくない。
実際に存在するものとしてデーモンを描き
実際にあったこととして不動明の、牧村美樹の、人類の悲劇を描く。
それが那須監督の意思でした。

そういうアイディアを聞いたとき
なぜ僕が、10人のライター候補の中で監督助手に選ばれたのか
その理由が少しだけわかったような気がします。

それは僕が他の人たちよりも
デビルマンの映画化の方向性として
「リアル」
を打ち出していたからです。

漫画で悪魔を書くのはいいけど
実写化の場合はやっぱりそのウソが
リアルかどうかがすごく大事になる。
だからスパイダーマンでもハルクでも何でも
蜘蛛のDNAとか放射線による異常とか、
そういうところでリアルな世界観をつくろうとする。
マイノリティ・リポートでも
近未来を描くのに、スピルバーグ監督は
実際の学術関係者にレポートを書かせたらしい。
どんな未来がありうるかの。

たぶん映画を作るときに
如何にウソっぽくないかというのを考えるのは
思っている以上に重要な気がする。

映画は何でもリアルに映す。
作り物は作り物として映ってしまう。
舞台に関しては、非リアルに寛容な観客も、
映画に関しては不寛容。
想像力でリアルを足してくれない。
ちょっとしたことで、所詮作り話じゃんってそっぽ向かれる。

だから「実録」

デーモンという生命体を架空ではなく
実際にいるものとして考える。
科学的に実在しえる存在として考える。
人類とは別種族の知的生命体として考える。
単に別種族というだけではなく人類に先立って
地球に住んでいた先住知的生命体と考える。
そのような知的生命体が居たとき
どのような行動を取り、
どのような歴史を描いてきたのか、それを考える。
そっから実写デビルマンは始まる。

そう那須監督は考えたのであった。

で、生物学の本やら免疫学の本、進化論の本
悪魔関連の書籍から地球物理学の本
などなど読みました。100冊以上。

そして書いたのが
ぼく著「図説デーモン白書」です。

ハード編ソフト編がある。
ハード編は
デーモンの生物学的な側面についての解説
ソフト編は
デーモンの歴史的な側面についての解説
となっています。

ハード編難しいけど、頑張ったので読んでやってくださいっ。

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カン・ジェギュ監督「ブラザーフッド」

同監督作品のシュリも良かったがそれを凌ぎます。
僕的評価=★★★★★
さらに★をあげていいぐらい。
すばらしい作品です。

絵、ストーリー、役者
どれをとってもすばらしい。
すばらしいだけじゃなく
うならされます。

例えば
チャンドンゴン、ウォンビンの兄弟が軍隊に入るくだり。
予想だにしない事態です。
こんな感じで徴兵されていく・・・
これは実話を元にしているのでしょうか。
元にしないと考えられないようなぶっ飛び方です。
しかも痛いほどリアルです。

監督脚本でプロデューサーでもあるカン・ジェギュ。
彼の理性に磨かれた目が光ります。
自分たちの親が受けてきたこと
そしてやってきたこと、それを真摯に見つめる目があります。
正邪に分けることのできない人間の生き様。
こういうことを冷静に見抜きそして描く。
信頼できる人です。だから彼の作品はみなすばらしいのでしょう。

情報量という意味においては過剰です。

僕の尊敬してやまない脚本家笠原和夫さん。
彼の作った作品に「総長賭博」ってのがあるのだが
それすごくおもしろいのだが濃すぎる。
つまり一本に盛り込まれる情報が多すぎる。
しかも効率的理路整然と無駄なく並べられているので
食べきっちゃうのだけど、脳が軋むぐらいに情報量が多い。
同じカンカクをこの作品で覚えました。

ちなみに、この「ブラザーフッド」を
スピルバーグ監督作品「プライベート・ライアン」
と比べる人が居ますが
ぜんぜん「ブラザーフッド」のほうが上です。
これ、あきらか。

ぜひ見てください。

ブラザーフッド@映画生活

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2005/02/11

上野未来の笑顔

「秘蔵」フォトアルバムはじめました。

  → ここをクリック!

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実写デビルマンは三部作!?

2002年12月
東映の東京撮影所の中に
那須組のスタッフルームがこっそりできた。

「こっそり」というのは
まだまだ企画開発段階で
場合によっては立ち消えになる可能性があるということだ。

僕はいきなりそこのメンバーの1人になった。
(経緯については過去のblog参照)

当時のスタッフメンバー表には
僕を含め主要メンバーが11人しか書かれていない。
プロデューサーが3名。
それぞれ東映本社、東映アニメ、東映ビデオのプロデューサーである。
そしてアシスタント・プロデューサーがひとり。
監督は那須博之。
そのほかには撮影監督、美術監督、特撮監督、編集、
キャスティングプロデューサー、そして監督助手の僕というかんじである。
びっくりするのは皆偉い人だと言うことだ。
親分の集まりの中に僕が居るって事。

ちなみに監督助手といっても
いわゆる「助監督」ではない。
まだ現場が立ち上がる前、
「演出部」ができる前の段階のことである。
だから、ぼくは本当の意味で監督の助手として
企画を煮詰めるというのが仕事なのであった。

当初、那須博之監督の構想では
実写デビルマンは
ロードオブザリングのような3部作の一大叙事詩になるはずであった。

もちろん無謀である。
今の日本ではそんな3部作を作るなんていうのは無理だ。
資金も集まらなければ、作る体制も無い。
1本やってみて、あたれば次の1本。
またあたれば、さらに次の1本。
それが日本だ。
実際、那須監督の不朽の名作
ビーバップハイスクールシリーズ
は、そうやって作られた。

ところがデビルマンである。
この世界観とドラマを表現するには
1本2時間では足りない
誰もがそう思うだろう。

噂でしか聞いたこと無いのだが
実はハリウッドがデビルマンの実写化に動いたことがあったそうだ。
で脚本書きの段階まで行った。
出来上がった脚本のラストシーン。
それは、サバトでデーモンと合体した不動明が
デビルマンとなり、周囲のデーモンたちを殺戮する・・・
そこで終わっているらしい。
ハリウッドも三部作を考えたのだろう。
しかし、結果として、それが原因で却下になったそうだ。
そういう意味でも、1本2時間で、
合体からハルマゲドンまで
デビルマン世界をぜーんぶやる
これが僕ら那須組の最初の最初からの命題になった。

ちなみに、ぼくはこれを考えると
オリバー・ストーン「アレキサンダー」を思い出す。
沢山の情報を2時間なり3時間という映画という枠に
無理に押し込めちゃったときには
やっぱりザーッと事実を羅列する・・・
そういう感じになってしまうのじゃないだろうか。

もちろん映画とはそもそもそういうものだ。
人の一生なりあるいは時にはもっと長い歴史を
かいつまんでドラマ化する。
シーンとシーンの間は描かない。
それを付け足すのが観客の常識であったり想像力である。
(もちろん、想像を引き出しやすくするような工夫を
 脚本的にあるいは演出的にするのが脚本家や監督の仕事)

端から2時間では収まりきれない情報を
取捨選択して、無理のぎりぎりのない状態まで
途中情報をカットして羅列する。

パラパラ漫画のようなものである。

人が走っている。
その途中過程を緻密に表現していくと
百ページでそう遠くまでは走っていけない。
途中をある程度カットすると
かなりのスピードで隣の山まで走っていける。
しかし途中カットしすぎると
もう立ったり山登ったり宇宙に行ったり
一貫性のある物語が読めなくなる。

1本2時間の枠で表現しえない量の情報を
1本2時間で表現すると約束したこと
これが僕らの敗因の1つの大きなものである
そう思えるのである。

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2005/02/10

オリバー・ストーン監督「アレキサンダー」

那須博之が日本における僕の師匠なら
オリバー・ストーンが世界における僕の師匠。
そう思ってる松枝です。
松の枝と描いてマツガエ。よろしく。
逃げも隠れもいたしませぬ。

で、作品の評価。
えー、言わなければいけませんか?
難しいです。残念ながら満点はあげられません。
つーか
僕の評価=★★★☆☆
★みっつです。残念!

いままでオリバーストーンの映画を見て
はずしたことの無いオリバーストライクゾーンど真ん中に居る僕が★みっつ。

一番の問題点は
歴史絵巻になってしまっていることかなぁ。
事実がざーっと並べられている感じがある。
それを繋いでいるのが登場人物の心理というよりも
語り部のアンソニー・ホプキンスの「言葉」。

オリバー・ストーンは昔からアレキサンダーに興味を持っていたらしいんだけど
ちなみに僕も小学校からアレキサンダーの伝記を読みとっても好きな人物の一人です。
あとチンギスハンね。
世界統一を果たした男というのにとっても興味がある。
そして民族和合というか、正妻に現地蛮族の王女さまを迎えるところとか
まぁ蛮族代表の松枝としてはなんだかそういうヘンテコリンナところ
アレキサンダーが好きだったわけです。
だいたいギリシア神話好きだったので
その神話世界と地続きの歴史上の登場人物アレキサンダーに
とても興味と愛着があった。
で、たぶん同じ気持ちをオリバーストーンももっているだろうと。
だからこの映画、とても爽快なものになるだろうと。
勝手にそう思っていました。

ただ唯一の不安。

それはコリン・ファレル。
あいつの下がった眉毛ですよ。
ぜったい勇者タイプじゃない。
悩んじゃってます、ぼくちんタイプ。
これ、心配でした。

で、心配的中~。

どうしたらここまでアレキサンダーを貶められるのだろうとそう思いました。
悩んじゃってます、ぼくちんタイプ。
Jrって事で言うと
あのブッシュくんもそうだから、顔も眉毛もあれだし、
何かね風刺的なアレのせいでアレになっちゃったのかな
なんてね、思いましたけれどもさ。そうでもないのかな。

とは言うものの
さすがオリバー・ストーン。
ただでは転ばない。

三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での演説を見るような
アレキサンダーの演説。飛びまくる野次。
だれも大将の言うことを聞かない。
このシーンすごくないですか?

誰一人、アレキサンダーに従って居ない。

このシーンだけでも意味がある。
たしかにね
唯々諾々としてあの長い遠征に付き合う部下たちが居るわけない。
アレキサンダーがあそこまで世界を統一しようとしたのは
なんらかの理想や合理的理由だけでなく
絶対的に「狂気」があったのだと思う。
だからかなりヒステリックです。
女のようだ。古臭い男尊女卑的な発言で申し訳ないが。
織田信長もヒステリックだったらしいが。
しかも信長って女っぽいんですよね。線が細い。
そしてアレキサンダーと同じくゲイ。

おそらく狂気の源には
母の狂気、受けられぬ父からの愛への渇望
みたいなものがあるはず。
けれども
今回、この映画では、そのあたりがぼやっとしている。
ぼやっとしちゃいないんだけど
なんだが有機的に組み合わさっていない感じ。

アンジェリーナ・ジョリーはとてもいい。

誰もが言うことだけど
戦闘シーンはすごいですよ。
あと街ね。そのあたりは必見。

しかし物語り部分をもう少しなぜ突っ込めなかったんだろうか?
そのあたりをとても知りたいと思う。
突っ込む必要は無いと思ったんだろうか?
だったらなぜそう思ったのか。
僕は何があってもオリバーストーンを支持する。
それだけに何が起こったのか。それがトテモ知りたい。
あと音楽。ヴァンゲリスとてもいい。
デビルマンの音楽家を決めるとき
ぼくがヴァンゲリスを薦めたら笑われた。
そんなことを少し思い出しながらサントラを手に取る。

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すみません

透夜ねえさん。
更新、忘れていました。
いえいえ、忘れていたわけじゃないんですが
ちょっとテンパっていました。
つーか現在ナウもテンパり中です。

映画を観ました。
初日に映画館で「アレキサンダー」
それからDVD借りてみました。
「ブラザーフッド」「No.3」「日本侠客伝 刃」
DVD買いました。
「ロングラブレター漂流教室」
漫画読みました。
「デスノート」
小説読みました。
「にごりえ」
本買いました。
「野田秀樹論」
シナリオ第3稿書いています。
「○○○○□□□□□」
プロット作成しています。
「A」「B」「C」
5月にやる芝居の構想立てています。
また同時にキャスティング進めています。
などなど・・・。

いろいろきっちり報告していきたいです。

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2005/02/06

松たか子出演「コーカサスの白墨の輪」

世田谷パブリックシアターにて。
僕的評価=★★★★★ です!

(以下、ちょっとネタばれですっ)

世田谷パブリックシアターに行ったことがある人なら
まず舞台を見て「え?」と思う。
本来舞台である場所にも座席がある。
合わせ鏡のように真ん中の円形の広場を挟んで
こっち側と向こう側に客席が作られている。
こんな使い方もできるんだ・・・と感心。

で、その真ん中の円形の広場は
つまり演技エリアなんだけど
たくさんの人が居る。
コーカサスっぽい(笑)格好の人が。
よく観ると、松たか子さん、串田和美さん、
毬谷友子さん、谷原章介さん・・・などなど、つまり出演者ら全員がいる。
しかも、向こう側の席に行く人は
松たか子さんに「すみません通してください」みたいな感じで舞台上を通っていく。
ちょっとまて、いま袖摺り合わせたのは松さんだっちゅうの。気付かぬ観客。
舞台中央では公演パンフが売られていたり。

で、だらだらと役者さんたち皆集まってなんとなぁく芝居が始まる。

パソコンを持ったオカッパ頭のアサヒ7オユキ=朝比奈尚行さん。
この芝居の案内役のような役回り。芝居の前提を朗々と歌い上げる。

・・・。
話の内容とかそういうのは
他の人のblogに譲るとして
僕の感想。

すげぇなぁ、串田さん。

それに尽きる。
ていうのも、野蛮なんですよ。演出が。
パーツパーツを見ると、もうそんなこと野田秀樹さんがやってるよ・・。
みたいな事の集まりではあるんだけど
そんなこと意に介せず、ていうかオリジナルなんてクソ喰らえ的な
楽しくておもしろいものを作っている。
誰にとっておもしろいものを作っているのか?と言えば、
まず芝居を作る自分たちにとっておもしろいことを、という感じで作られている。
だから野蛮。

ころころころがして洗練されるのを待たないで
舞台上にあげたという感じ。

舞台上でグルジアのワインを売っている。
うまい。役者さんに混じって飲むワイン。だからなのかウマスギル。
で、いきなりノリで歌いだす役者たち。休憩中ですよ。
楽しいなぁ。ほんとうに村のイベントに参加しているよう。
ラストシーンは、皆でダンスだけど
気付けば、お客さんたちも輪の中で一緒に踊っている。

いや、野田秀樹さんとか串田和美さんとか中村勘九郎さんとか
おっさんたちが頑張っているわけですよ。日本の演劇界では。
むしろ僕ら若いものの演劇観のほうが凝り固まった概念と化している気がする。
「走れメルス」といい、挑発的です。この芝居。

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2005/02/04

「ゴールデンカップス ワンモアタイム」

ドキュメンタリー映画です。
まず自分からは行こうとしない類の映画です。
が・・・僕的評価=★★★★★ です。

だいたいゴールデンカップスという名をはじめて聞きました。
すんません。モグリです。モグモグモグリです。

この映画、SideAとSideBに分かれています。
SideAは、かつての熱気を、当時の映像と現在のメンバー
および当時ゴールデンカップスに熱狂した人たちへの
インタビューを通して、再現してみせる。
インタビューされている人は結構豪華です)
SideBはかつてのメンバーが集まって開いたライブの模様をまるまる。
そんな感じの構成になっています。

SideA、必見です。
ぜんぜんゴールデンカップスのことを知らない僕が
当時のことなんて何にも知らない僕が
当時の熱を感じ、カップスをカッコいいと思い
そして横浜ってかっこいいなぁと思いました。
しあわせですよね、ああいう思い出を持っている人たちって。
すごくうらやましいと思う。

ちなみにドキュメンタリーというと
ボーイングフォーコロンバインとか華氏911を思い出すけど
しかし、この映画のほうが好きだなぁ。
上映している映画館が少ないので
見る人も少ないと思うけど
こういう映画こそをもっと皆が見に行ったらいいんじゃないかと思う。
そろそろ日本もそういう国にしようよ。なんてね。

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2005/02/03

カシアス内藤さん、沢木耕太郎さん・・・

2月1日、
ポスト俊藤浩滋を目指す若きプロデューサー都築さんに連れられて
俳優の鈴木隆二郎さんと僕は、横浜石川町に出向いた。
それはその日オープンする「E&Jカシアスボクシングジム」の祝賀会に出席するためだ。

アットホームでとてもすばらしい祝賀会だった。
0201




そして、初めて会う元チャンピオン(日本ミドル級,東洋ミドル級)ボクサーのカシアス内藤さん。
この祝賀会のもっとも中心となる人物はもっとも腰が低くやさしかった。
ボクサーのチャンピオンと言うと辰吉さんのような向こう気の強いイメージ、ヤンチャボーズを大人にしたようなイメージがある。しかし、カシアス内藤さんはそのイメージとは本当に正反対の人物のように見えた。

長年の親友であり、もっとも強力な支持者の一人である沢木耕太郎さんが祝辞を述べた。
そしてカシアス内藤さんの高校時代の恩師や先輩仲間たちも祝辞を述べた。

すこしだが、カシアス内藤さん、沢木耕太郎さんと話すことができた。
しかし沢木耕太郎さんに
「テロルの決算」は僕の最も好きな作品のひとつです
と言おうかと思ったが、実にあたりまえなのでやめた。
そしてやめたら言葉が出なくなった。

カシアス内藤さんの写真集「カシアス」を買った。
内藤 利朗: カシアス

そして直接カシアス内藤さんからサインをもらった。
02012




でもとても心に残るパーティーだった。

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デビルマン脚本候補から落ちて(続き)

電話に出る僕は寝ていた。
しばらく何を話されているのか分からなかった。
「監督助手にならないか?」
電話の向こうのプロデューサーはそう言っているようだった。
理由は良くわからなかったが監督のご指名らしい。
寝ぼけていたし、事の重大性がにわかに理解できなかった僕は、
「興味ありません。僕は脚本家になりたいので」
と答えてしまった。
すると電話の向こうのプロデューサーいわく
「せっかくのチャンスを無駄にするべきではない」。
混乱していた僕は、とりあえず即答できないと答えて電話を切った。

しばらくたって少し目が覚めてきた。
監督助手か・・・何をするか分からないけど
とりあえず、ほかにチャンスがあるわけでもなんでもない。
受けてみるか。そう思った。
プロデューサーに電話し監督助手のオファーを受ける旨つたえた。
イタリア行きの旅券は半額パーになってしまった。

そして3日後。
ぼくは大泉学園にある東映東京撮影所にいた。

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「カンフーハッスル」

観たのだいぶ前なんだけど、書くの忘れていたので、今書きます。
とりあえず悔しい。共産圏で、しかもアジアで、こんな映画作られてしまった日本の立場は・・・。

とりあえず笑えるし爽快。
絵がすばらしい。
いろんなところシーン、その表現を楽しんでください。
すがすがしいです。この映画。

なんちゃって表現ってあるじゃん。
芝居だと「なんちゃってマトリックス」とか
無理を承知でやるけど
やっぱ映画はね、
なんちゃってを
ちゃんとやって本当っぽく成立させてこそ映画。
とんでもない技を、おっ、とみせる。
そういう意味で言うとこの映画は映画らしい。
なんちゃってがリアルで、笑えるんだけど、すごい、この表現って思える。

この程度のストーリー脚本ならかけるだろうけど
それを実現する映像技術とこだわり。
いや、アジアってけっこうすごいんだなぁ。なんて思う。
韓国映画、中国映画、いろいろがんばってるなぁ。

しかし、アメリカでもこれちゃんと上映されるんだろうか?
向こうでの反応が知りたい。

続編できるんだよね。
めちゃくちゃ楽しみだ。
僕的評価=★★★★★
満点です!

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