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2004/10/29

・・・。

浮き沈みはある。
いつものことだ。
しかし、今日は良くなかった。
芝居の長さがいつもより15分近く長かった。
テンポは悪いし、セリフはかむし、転換を間違える。
もののみごとに、失敗の連続でした。
あした、もとのすばらしい芝居に戻ってますように。

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2004/10/28

出足は上々上野未来。

初日開けて・・・今日は3日目。
評判は総じて見れば高評価・・・のようです。
もちろんブレがあり、こっちが良くても、あっちが悪い。
今回はその逆で・・・みたいな感じでトータル60%ぐらいしか出せていないように思います。
ほんとまだまだ上にいけるはず・・・。
しかし上野未来。いいよね。花がある。これ重要です。
キャスティングした俺って偉いよなぁ・・・と自画自賛したといいます。
というかもうこんな時間、急がねば、急がねば、遅刻してしまう・・・と言うことだそうです。
ほんとよかったら見に来てくださいね。
舞台版「わたしは真悟」ぜったい面白いです。

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2004/10/26

とうとう初日。

あしたっつうか今日、舞台版「わたしは真悟」初日です。
見に来て下さい。
初日は、なんと・・・・・・楳図先生の特別出演!があります。
これを見ないで何を見るというのでしょうか?
ほんと楳図先生すごいんですよ!!!
なにがすごいって魔法使いなんですよね。
冗談ではなく、まじめベースで。
というのは、僕が困っていたんですよ。
ある人に連絡が取れなくて。
まぁ大事な仕事をばっくれたのような感じだったわけですよ、その人は。
で、楳図先生にそのことを話したら
先生は達観していて、「なんとかなりますよ」って。
でも一週間も連絡が取れない状態で、なんとかなるって思えないでしょ、ふつう。
そこに電話があったわけですよ。非通知で。
すると楳図先生のヒトコト。
「ああ、その人からの電話ですよ」
んなわけないじゃん、思いますですよ、ふつうわー。
しかし、電話に出ると・・・「!」そのしとでした。
「ほらね」
と笑う魔法使い楳図先生。
いやはや、びっくり。
すごいなー。
そして今日の場当たりにはお寿司をたっくさん差し入れ!!!
先生!ぜったい、僕はこの舞台を成功させて見せます!
そう誓う松枝であった。
そして、上野未来くんも、すばらしい。
なにがすばらしいって、スタッフとしてめきめき率先して働く。
掃除やペンキ塗り、折込、、なんでも楽しそうにやる。
張り詰めた現場をあったかいものにする。
それが上野未来の力。

ぜひぜひ舞台版「わたしは真悟
楳図先生の原作を読んだことある人も無い人も
ぜひ、見に来て下さい!
楳図先生の魔力と上野未来の魅力に巻き込まれてみてください!!!

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2004/10/22

三池崇史監督演出「夜叉ヶ池」

本番まで、もうあと残すところ5日です。
楳図かずお先生参加の稽古もたくさんこなし
完璧ではないものの、それでも、だいぶ演技面完成しつつあります。
音楽照明映像美術衣装。
そういった全てがそろった上での練習が早くしたいところ。
しかし、それはどうあっても前日にならないとできません。
なので、今はじっと我慢の演技面。素で勝負。
そんなところで最後の稽古休みに三池監督の「夜叉ヶ池」見に行きました。
-----
感想。
面白い。
えんげきのぺーじとかで酷評されてるけど
僕は面白いと思う。
ただし、あれ?というところもあったのは事実。
ということで、
良かったところ、あれ?なところを列挙してみようと思う。
<良かったところ>
 ・松田龍平さんの演技。
  どうしても優作の息子と見られてしまう彼。
  優作にくらべて顔がかっこいいとは言いかねる彼。
  期待はしていなかった。ところが、すばらしかった。
  独特の間と雰囲気。声がいい。
 ・遠藤憲一さんの演技。
  うちの劇団員が集団殺人クラブでお世話になっている
  タケゾウそのものというか、
  エンケンさんは「存在」なんだなぁと思う。
  声、立ち姿、雰囲気がある。
  三池さんが使いたがるのが良くわかる。
  嫌な役をやっても可愛げがある。
 ・丹波哲郎さんの演技。
  年齢を感じさせない声の張りと色気。
  キーパーソンではないが存在が周辺を豊かなものにしている。
  やっぱりできる役者はみんな「存在」なのだと思う。
 ・百合が死んだあたりの武田真治の演技。
  前半の龍平さんとかの会話あたりや、
  ひとりで長ゼリを話すところは
  やっぱ映像系の発声で
  舞台のような声の通り方はしないな・・と思うが
  そのナルシスティックな芝居への入り方は気持ちがいい。
  その才能が爆発するのがラスト。
  叫び声とか恥ずかしくなってしまえば駄目なもの。
  彼は叫び声を立派な商品に仕上げている。
 ・シンプルな舞台装置。
  ある意味、古臭い感じもしたが
  役者を見せるってことを主眼に置くとするならば
  舞台装置はあくまで脇役。
  脇役ではあるが、
  必要なものをチャチにならないように表現する。
  そのために今回のシンプルな舞台装置は
  とても有効に機能したと思う。
 ・かもし出される雰囲気。
  音楽のおかげか、照明のおかげか・・・
  いまいち判別できないが
  全体として、原作の持つ妖しい雰囲気は出ていた。
<あれ?なところ>
 ・池の中の妖怪たちのシーン。
  とても付け足しのように感じた。
  松雪さんがどうというわけではない。
  なんとなく芝居は古臭いけど、立派だから。
  池の中の妖怪たちの存在がうまいぐあいに
  全体のストーリーに絡んできていない(ようにおもえる)。
  単にキャストを増やすためのシーン作りにしか役立っていない。
  もっと有機的に妖怪を人間界に結び付ける何かをするか、
  あるいは思い切って、
  妖怪の話は無しにしてしまうべきではなかっただろうか。
 ・妖怪たちの衣装。
  それに妖怪たちが村人と兼任するからといって
  衣装に赤い腰巻みたいなの付けるのは止めて欲しかった。
  なにやらハワイアンのような・・・。
  衣装のせいで
  お遊戯会のような感じが発生してしまったような気がする。
 ・はじめのほうの会話だけでひっぱるところ。
  これは原作にもあるのだと思ったが、とは言っても
  やなり長い。こちらがわのかなりの集中力を必要とする。
  ある意味、何のアクションもないのにとても面白い。
  だがあくまで会話で構築されるので、聞き漏らさないように
  じっっと待たなきゃいけない。
  それを考えると、もっと違うやり方もあったように思う。
  映像の三池さんとしては、普段映画を面白くするために
  シーンや絵をばんばん変えるんだと思うが
  それをやってはせっかく演劇をする意味がない。
  そう思ったのか、ずーっと同じ位置で会話劇。
  しかし何人が集中して聞いてられるだろうか。
  面白い話でも、人間はそんなに集中力を持続させられない。

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2004/10/13

楳図先生ご登場!

今日の稽古は緊張の通し稽古であった。
朝、楳図先生から連絡。稽古場を見学したいとの事。
「!!!」
驚愕のマツガエ
ていうか出演されるわけだし、
原作者なんだから当たり前だよなと思いつつも
あわてる主宰、役者・・・。
で、美術打ち合わせ終了後に稽古。
楳図先生に部分しか見せないというのもあれなので
通してみた。無謀にも通してみた。
本も中途半端にしか覚えていないけれども。
しかし役者たち。今までにない集中力を見せる。
脚本家、演出家として、原作者の反応がとても気になる。
気になるが、ジロジロ見るのもあれだし・・・。
2時間近くの通しが終わり先生の感想と心温まる駄目だし。
しかし、及第点をいただけて、アレンジャーの僕としては、ほっと一息。
だが、まだ2週間。もう2週間。
よりテッペンを目指して僕らは登り続ける。

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2004/10/11

偶然。上野未来。

上野未来が、
ちょっと前ファイブミニのコマーシャルに出てたのを知った。
偶然(1)東京タワーのテッペンから叫んでる。
偶然(2)「1,2,3」と言って飛び込んでいる
 (プールにだが)
偶然(3)楳図先生と誕生日が一緒。
 (楳図先生の誕生日9/3と9/25とあるがあれはなに?)
いや、ただそれだけなんだけどね。
でも、すごい偶然だなぁ。
ちなみに舞台版「わたしは真悟」は混乱の立ち稽古中です。

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2004/10/10

赤鬼

シアターコクーンで上演している野田秀樹さんの
作演出出演作品「赤鬼」をみてきた。
イギリスバージョン、タイバージョン、日本バージョンが上演されているが
だいぶ昔にタイバージョンを見たことがあったので
今回は、イギリスバージョンと日本バージョンを観劇。
イギリスバージョンについてはテレビでやったやつがぼよーんとしていたので
生で見てもそうなのかどうなのか確認というような意味合いで見に行った。
結果は、ぜんぜんぼよーんとしていない。
小さい野田さんがでっかいイギリス人にとっての赤鬼をやることの矛盾も感じない。
すばらしい舞台だった。
一方、日本バージョン。
ビデオで見たことのある初演の富田靖子さんバージョンでなく
小西真奈美さん大倉孝ニさんがやるというのが興味の中心。
それをどう演出するか野田秀樹みたいな。
結果としてラスト付近では
やっぱり本としての良さ、音楽の適切さ、セリフの美しさが
僕を泣かせるわけだけれども、でも中盤は思いのほかダレた。
考えるに、小西さんと大倉さんのよさを生かそうとした結果ではないかと思う。
たぶん、こうしたい、という大倉さんたちの要求を
野田さんは暖かく受け入れたのだと思う。
後進を育てたいという気持ちと、チャレンジする気持ちとが合わさって。
しかし、やっぱり野田さんのセリフにはリズムとスピードが必要で
それは役者の個性を殺す部分も必要になってきてしまうのだと思う。
だから大倉さんが野田節に飲まれまいとすればするほど
違うところに行ってしまっているんじゃないかなぁと。
もちろん良かった。大倉孝二の演技はおもしろい。
しかし時にその面白さはやっぱり野田節と衝突する。
外人キャストで感じなかったもどかしさを感じた。
日本語で書かれたセリフはやっぱりあるイメージされたリズムを必要とするのだと思う。
映画の脚本は実に普通の言葉で書かれるが、ときに芝居の脚本は必要以上に詩である。
そこが難しいところなのだと思う。
小西真奈美さんはなんかいい感じだった。
富田靖子さんの「あの女」がかなりヒステリックな女で、なんかいやだった。
「あの女」に関して言えば違うやり方があるのだろうと思っていて
それを今回小西さんで、ああ、これこれ、見たかったのはこれ、と思った。
伸びやかな声と身体。そして透明で熱い。
芝居を見終わった後、上野未来に感想を聞いた。
やはり小西真奈美が良かったのだという。
そしてハジメテみるこういった芝居にとても感激しているようだった。
もうすぐ僕らの芝居も幕を開ける。
赤鬼のようなすばらしい舞台にしたい。
その気持ちを上野未来がもってくれたのはとても大きな収穫だった。
わたしは真悟」期待していてください。

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2004/10/04

上野未来という女優

稽古です。稽古。
監修である那須監督からの厳しい注文。
それを受けて改訂した脚本を持って稽古場に行くと、
ついにマリンを演ずる上野未来さんとの対面です。
ていうか本当は明日からの稽古参加のはずだったのに
なぜか今日から上野未来。ちなみに未来とかいてミク。

同じく今日から仲間になった19歳と20歳の男の子も参加しての
初めての完成台本の通し読み稽古。

緊張もあったのか、最初は小さい声だったけど
しだいに本読みが進行すると乗りに乗ってきて・・・。
うん、やっぱり彼女のキャスティングは間違いじゃなかった。
そう確信に至ったといいます(真悟風)。

舞台は今回初めてだけど映画やドラマにも出ている。
そういうこともあるんだろうけど
マリンという女の子を、本当にその場に出現させる力。
それを持っている。勘が良い。
勘なんて言うとあれだけど、
こまごまとした論理的な思考では積み上げてもたどり着けない彼岸に
ジャンプする超越的な把握力。たぶん演技者にはそれが必要。
理屈でうじゃうじゃ考える人もあるだろうけど
どんなに映画評論家が論理的で緻密であろうが良い映画が取れるわけではない。
ゴダールのことはまた別のときに考えるとして・・・)
論理的に、この役はこうですね・・・なんて詰めて考えても
気持ち良い演技ができるわけじゃない。
上野未来は、論理ではない、ダイレクトな把握力を持っている。
たぶんそういう役者とはいっしょに芝居つくってて楽しかろうと思う。

実は何年か前、彼女の演技を直接見る機会があった。
ぼくがある台本から抜き出した簡単な台詞。
それを言うだけの、まぁ、一見、簡単な演技。
ところが、上野未来。できないんです。
できないって言うのも、尋常じゃない。
読むことすらできない。
といったら馬鹿みたいだけど、
もちろん日本語の文字としては読める。
だけど、簡単な挨拶のような言葉を発するだけの演技に
とんでもない困難を感じているようだった。
何人も何人もその日、女優たちに会ってるから監督も飽きていた。
だから女優に対する平均面接時間は5分。
しかし上野未来は最後の面接にもかかわらず20分位は時間を費やした。
この単純な言葉を発せないアイドル女優に面接者全員が惹かれたのだ。
その場にいる僕を含めみんなが彼女の困惑振りに魅せられた。
多くの人が簡単に言ってのけてしまう言葉を
この田舎から東京に通ってきている芸能人はひとことも言うことすらできないのだ。
しかし、言わせたい。その思いが監督を立ち上がらせた。
僕が見たことのない光景だった。
監督が席を立ち、ひとりの面接者を本格的な映画を撮るかのように演出する。
彼女が何度も苦しみながら、苦笑いをしながら、何度も何度もチャレンジする。。
結局・・・・
彼女はまともな台詞の一言もいえずに終わった。
彼女は、面接会場を出た後、ひとり泣いたそうだ。
「難しく考えすぎなんじゃない?」
そう言う人もいるかもしれない。
しかし本来演技って、とんでもないジャンプを必要とするのだ。
怖いものだろう。バンジージャンプだ。怖くて怖くて尻込みする。
彼女は、簡単な挨拶を言う演技をすることにすら、
飛び越えねばならぬ巨大なクレバスがあることを、その時知っていたのだ。
漠然と僕は、ああ、この人と仕事がしたいなぁと、その時思った。
そして数年後。
僕は彼女と仕事をする。
彼女が僕の書いた台詞を言う。
あの時と変わらぬ初々しさをもって。
しかし、あの時と違い、上野未来という女優は確実にジャンプをする。
おびえる気持ちを奮い立たせ、333のテッペンよりジャンプする。
まだまだ完成まで短いようで長い道のりがあるが、
それでも、上野未来という女優を選んだことに間違いはないと確信した今日の稽古であった。

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2004/10/03

グワシ!楳図かずおです。

とうとう対面してしまいました。
大、大、大巨匠の楳図かずお先生に!
1時間半ぐらいお話していただけたでしょうか。
もちろん話題の中心は「わたしは真悟」。
いろいろな秘話も聞けたし、
なんかお近づきになれたような気が・・・。

小さな劇団を持つ脚本家の僕は、
これまでオリジナルの作品を書いてきたんだけど
今回、はじめて原作のある戯曲を書きました。

むつかしいよね。
特に「不朽の名作」なんて言われている漫画を
映像化したり舞台化するのは。
師匠のナスッチ(那須監督)の苦労が分かりました。
改めて。

なんで「わたしは真悟」を舞台化しようと思ったのか
というと漫画を読んで衝撃を受けたからなんだけど
とても「詩的な」漫画だなぁと思った。
僕はかねがね演劇を「詩的な」ものだと思っていたから
1も2も無く興奮して楳図さんに
「芝居化させてくださいっ」
て連絡したのであった。
これ、とっても演劇的じゃんと思った。

しかし、この偉大な純愛哲学漫画。
びしっとメロディアスな主旋律が決まっている。
だからアレンジャーの僕としては、
よっ、とかアイヨとか、ホイサみたいに
うまい具合に合いの手を入れること。
あるいはトマス・アルビノーニの名曲をロックするみたいに
うまい具合に、ラップやギターの音をのせていくこと。
そういうことが仕事なんかなぁとおもって
今、偉大な原作とセッションしようとがんばっている。

あと小屋入りまでにちょうど3週間。
とうとう主演の上野未来ちゃんも稽古に参加する。
本番入れて27日。だんだんと緊張が高まってきている。

あ、ぜんぜん関係ないけど、すごいこと発見。
楳図先生と上野未来ちゃん、同じ誕生日なんだ。
ぐうぜーん。
偶然だけど、なんか気持ちいい。そういうこと。

 ※タイトル、先生を付けようか迷ったけど
  付けたらなんだかリズムが変なので、
  あえて呼び捨て、すみませんっ。

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