だいぶ前に津川さやかさんから質問があった。
話がちょっと昔のことになるのですが、ずっと気になってたことがあるんで、思い切って聞きます。
2004年の舞台「わたしは真悟」ラスト、マリンのオリジナルの台詞、
「君の言葉はきっと伝わる」
…素晴らしい言葉です。この言葉、その一撃で、それまでの諸々の事件が全て愛へと昇華される…そういう言葉のように思います。
なぜ、この言葉にしようとお考えになったのでしょうか。
過去のブログみましたら、那須監督・楳図氏より、脚本について助言もあったとありますが…
実はもう一度あの舞台のDVDを見ようと思ってまして。
舞台当時の秘話のようなものがありましたら、宜しければ聞かせていただけませんか。
まず、知らない人のために
「わたしは真悟」というのは楳図かずお先生が書いた純愛大傑作である。
(←原作、絶対読んでよ)
楳図 かずお: わたしは真悟 (Volume1) (小学館文庫)
楳図先生と言うとホラー漫画家的なイメージが強いかと思うが
この「わたしは真悟」というのはホラーではなく、
これ以上ない純愛の物語である。
で、これを僕は劇団旗揚げした2004年に舞台化しているのである。
しかも、楳図先生にも出演していただいたという驚き。
もしよろしければDVDをみていただきたい。
(←詳細は画像をクリック)
DVD「わたしは真悟」(演劇版)
で、これだが、原作はかなり膨大である上に、
映画にするならかなりCGとかを使わねばならないほどに
アクロバティックなシーンがたくさんある。
上演当時は、あれをどうやって舞台化するんだ!?と騒がれたものだ。
これ、僕の書いた第一稿が残っている。
第一稿とは最初に書いた本である。
これはこういう風に舞台化するとの許可をもらうためのものでもある。
IKKI編集長の江上さんに読んでもらった。
返信のメールには
感動して泣いた。あらためて楳図作品のすごさを思い知らされた。
というようなことが書かれていた。
この第一稿は、ほぼ原作通りで、それを2時間にうまくまとめた・・・というのが第一稿であった。
しかし、そこで問題が発生した。
こちらのキャスティング、はじめて芸能事務所と渡り合い、アイドルの上野未来をマリンという女の子役でキャスティングしたのだが、原作「わたしは真悟」の後半1/3はサトルという男の子の話であり、このマリンという少女は出てこないのだ。
僕はそれでもいい。原作通りに行きたいという気持であったが、僕の芸能の父である那須博之監督は、集客のために上野未来をキャスティングし、多くの観客が上野未来を見に来るのであれば、彼女をフル活用しないのは、観客のためにも間違っている。原作の良さも当然踏まえ生かしながら、上野未来という素材を生かした作品にしなくてはいけない・・・というような趣旨であった。
僕は原作のファンでもあり、那須監督の意見といえども反対したい気持ちがあったが、楳図先生に相談すると、那須監督の言う通りだとの考え。
ということで、原作とは異なり、サトルではなく、上野未来演じるマリンを主軸に、あらためて脚本を書き直すことになった。
前半2/3は原作通りで良い。
原作で言うとエルサレムまでのあたり。
しかし、残り1/3の佐渡島の部分が問題である。
僕は、ここを原作の意味も十分踏まえながら、マリンを登場させるという荒業をやった。
その部分は完全オリジナルである。
そして、しかも、作品の中に楳図かずお先生を登場させた。
僕自身、原作ファンとして最初はアレンジに反対していたが、那須監督や楳図さんのアドバイスの通りに、マリンを主軸に書きなおしたことによって、楳図さんの「わたしは真悟」という作品がより分かりやすくなったのではないかと僕は思っている。
書きあがって自分で驚いた。
楳図ファンの方々にもたくさんの支持をいただいた。
ちなみに、楳図さんの話すセリフやマリンの話すセリフは、ぜんぶ僕の考えたオリジナルである。
もちろん、楳図さんが話しそうな内容と言うことで書いたのだけど。
見にきた楳図ファンの人たちは、楳図さんのオリジナルのセリフだと信じて疑わなかったが、あれは僕の書いたものである。
そして最初の津川さんの質問に戻ると
「君の言葉はきっと伝わる」
というセリフ、残念ながらというか僕が書いたセリフです。
「わたしは真悟」という楳図さんの作品を僕なりに表現すると、このセリフになった。
そして、この「きっと伝わる」と言う言葉、そこにある信念は僕の作家としての信念でもあり、きっと楳図かずお先生の、那須博之監督の・・・いやあらゆる表現者すべての、人間の、みんなの信念なんじゃないかと思っている。
「きっと伝わる」という言葉には悲しみも含まれている。
「きっと」と言わなければならない。
つまり「伝わらない」可能性など十分承知なのだ。
それでもあきらめない。
そこで「きっと伝わる」という表現になる。
それは僕から君への、僕から僕自身への励まし、祈りの言葉でもある。
伝われ、伝われ、伝われ、という。
僕はそこに「わたしは真悟」の切ない真実があると思っていて
だからあの作品はとても好きなのである。
引いていえば、僕の作品は全部祈りだと言ってもいい。
無理を承知など分かっている。
でも無理を突破してその先に、奇蹟が起こるかもしれない。
そう信じて祈る。
それが僕の作品なのだと思っている。
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7月23日から27日まで新宿タイニイアリスでえれぇ芝居をします。
「溺れる家族」

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PC、携帯
松枝佳紀インタビュー
話がちょっと昔のことになるのですが、ずっと気になってたことがあるんで、思い切って聞きます。
2004年の舞台「わたしは真悟」ラスト、マリンのオリジナルの台詞、
「君の言葉はきっと伝わる」
…素晴らしい言葉です。この言葉、その一撃で、それまでの諸々の事件が全て愛へと昇華される…そういう言葉のように思います。
なぜ、この言葉にしようとお考えになったのでしょうか。
過去のブログみましたら、那須監督・楳図氏より、脚本について助言もあったとありますが…
実はもう一度あの舞台のDVDを見ようと思ってまして。
舞台当時の秘話のようなものがありましたら、宜しければ聞かせていただけませんか。